調子で、「蛍《ほたる》てえものは、昔《むかし》は大分《だいぶ》流行《はやつ》たもんだが、近来は余《あま》り文士|方《がた》が騒《さわ》がない様になりましたな。何《ど》う云ふもんでせう。蛍《ほたる》だの烏《からす》だのつて、此頃《このごろ》ぢやついぞ見た事がない位なもんだ」と云つた。
「左様《さう》さ。何《ど》う云ふ訳《わけ》だらう」と代助も空《そら》つとぼけて、真面目な挨拶をした。すると門野《かどの》は、
「矢っ張り、電気燈に圧倒されて、段々退却するんでせう」と云ひ終つて、自《みづ》から、えへゝゝと、洒落《しやれ》の結末をつけて、書生部屋へ帰つて行つた。代助もつゞいて玄関迄|出《で》た。門野は振返《ふりかへつ》た。
「また御|出掛《でかけ》ですか。よござんす。洋燈《ランプ》は私《わたくし》が気を付《つ》けますから。――小母《をば》さんが先刻《さつき》から腹《はら》が痛《いた》いつて寐《ね》たんですが、何《なに》大《たい》した事はないでせう。御緩《ごゆつく》り」
 代助は門《もん》を出《で》た。江戸川迄|来《く》ると、河《かは》の水《みづ》がもう暗《くら》くなつてゐた。彼は固より平岡を訪《たづ》ねる気であつた。から何時《いつ》もの様に川辺《かはべり》を伝《つた》はないで、すぐ橋《はし》を渡《わた》つて、金剛寺坂《こんごうじざか》を上《あが》つた。
 実を云ふと、代助はそれから三千代にも平岡にも二三遍逢つてゐた。一遍は平岡から比較的長い手紙を受取つた時であつた。それには、第一に着京以来御世話になつて難有いと云ふ礼が述べてあつた。それから、――其後《そのご》色々朋友や先輩の尽力を辱うしたが、近頃ある知人の周旋で、某新聞の経済部の主任記者にならぬかとの勧誘を受けた。自分も遣《や》つて見たい様な気がする。然し着京の当時君に御依頼をした事もあるから、無断では宜《よろ》しくあるまいと思つて、一応御相談をすると云ふ意味が後《あと》に書いてあつた。代助は、其当時《そのとうじ》平岡から、兄《あに》の会社に周旋してくれと依頼されたのを、其儘にして、断わりもせず今日《こんにち》迄|放《ほう》つて置いた。ので、其返事を促《うな》がされたのだと受取つた。一通の手紙で謝絶するのも、あまり冷淡|過《すぎ》ると云ふ考もあつたので、翌日《よくじつ》出《で》向いて行《い》つて、色々|兄《あに》の方の事情
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