と代助が聞《き》いた。
「なに何《どう》かする。――誰《だれ》に聞《き》いたつて、さう善く分《わか》りやしまい。第一|時間《じかん》がないから已を得ない」と、寺尾は、誤訳よりも生活費の方が大事件である如く天《てん》から極めてゐた。
 相談が済《す》むと、寺尾は例によつて、文学談を持ち出《だ》した。不思議な事に、さうなると、自己の翻訳とは違《ちが》つて、いつもの通り非常に熱心になつた。代助は現今の文学者の公けにする創作のうちにも、寺尾の翻訳と同じ意味のものが沢山あるだらうと考へて、寺尾の矛盾を可笑《おか》しく思つた。けれども面倒だから、口《くち》へは出《だ》さなかつた。
 寺尾の御蔭で、代助は其日とう/\平岡へ行きはぐれて仕舞つた。

       十一の四

 晩食《ばんめし》の時《とき》、丸善から小包《こづゝみ》が届《とゞ》いた。箸《はし》を措《お》いて開《あ》けて見ると、余程前に外国へ注文した二三の新刊書であつた。代助はそれを腋《わき》の下《した》に抱《かゝ》へ込《こ》んで、書斎へ帰つた。一冊づゝ順々に取り上《あ》げて、暗《くら》いながら二三|頁《ページ》、捲《はぐ》る様に眼《め》を通《とほ》したが何処《どこ》も彼の注意を惹《ひ》く様な所はなかつた。最後の一冊に至つては、其名前さへ既に忘れてゐた。何《いづ》れ其中《そのうち》読む事にしやうと云ふ考で、一所に纏《まと》めた儘、立つて、本棚の上《うへ》に重《かさ》ねて置いた。椽側から外《そと》を窺《うかゞ》うと、奇麗な空《そら》が、高い色《いろ》を失《うしな》ひかけて、隣《となり》の梧桐《ごとう》の一際《ひときは》濃《こ》く見える上《うへ》に、薄《うす》い月《つき》が出《で》てゐた。
 そこへ門野《かどの》が大きな洋燈《ランプ》を持つて這入《はい》つて来《き》た。それには絹縮《きぬちゞみ》の様《やう》に、竪《たて》に溝《みぞ》の入《い》つた青い笠《かさ》が掛《か》けてあつた。門野《かどの》はそれを洋卓《テーブル》の上《うへ》に置《お》いて、又椽側へ出《で》たが、出掛《でがけ》に、
「もう、そろ/\蛍《ほたる》が出《で》る時分ですな」と云つた。代助は可笑《をかし》な顔《かほ》をして、
「まだ出《で》やしまい」と答へた。すると門野《かどの》は例の如く、
「左様《さう》でしやうか」と云ふ返事をしたが、すぐ真面目《まじめ》な
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