点に於てそれを尤も道徳的なものと心得てゐた。
此主義を出来る丈遂行する彼《かれ》は、其遂行の途中で、われ知らず、自分のとうに棄却した問題に襲はれて、自分は今何の為《ため》に、こんな事をしてゐるのかと考へ出《だ》す事がある。彼が番町を散歩しながら、何故《なぜ》散歩しつゝあるかと疑つたのは正に是《これ》である。
其時|彼《かれ》は自分ながら、自分の活力の充実してゐない事に気がつく。餓えたる行動は、一気に遂行する勇気と、興味に乏しいから、自《みづか》ら其行動の意義を中途で疑ふ様になる。彼はこれをアンニユイと名《なづ》けてゐた。アンニユイに罹《かゝ》ると、彼は論理の迷乱を引き起すものと信じてゐた。彼の行為の中途に於て、何《なに》の為《ため》と云ふ、冠履顛倒の疑を起させるのは、アンニユイに外《ほか》ならなかつたからである。
彼《かれ》は立《た》て切《き》つた室《へや》の中《なか》で、一二度|頭《あたま》を抑えて振《ふ》り動《うご》かして見た。彼は昔《むかし》から今日《こんにち》迄の思索家の、屡《しばしば》繰《く》り返《かへ》した無意義な疑義を、又|脳裏《のうり》に拈定《ねんてい》するに堪えなかつた。その姿《すがた》のちらりと眼前《がんぜん》に起《おこ》つた時、またかと云ふ具合に、すぐ切《き》り棄てゝ仕舞つた。同時に彼は自己の生活力の不足を劇しく感じた。従つて行為其物を目的として、円満に遂行する興味も有《も》たなかつた。彼はたゞ一人《ひとり》荒野《こうや》の中《うち》に立《た》つた。茫然としてゐた。
彼は高尚な生活欲の満足を冀ふ男であつた。又ある意味に於て道義欲の満足を買はうとする男であつた。さうして、ある点へ来《く》ると、此二つのものが火花《ひばな》を散《ち》らして切り結《むす》ぶ関門《くわんもん》があると予想してゐた。それで生活欲を低い程度に留《と》めて我慢してゐた。彼の室《へや》は普通の日本間《にほんま》であつた。是《これ》と云ふ程の大した装飾もなかつた。彼に云はせると、額《がく》さへ気の利《き》いたものは掛けてなかつた。色彩《しきさい》として眼《め》を惹《ひ》く程に美《うつく》しいのは、本棚に並べてある洋書に集められたと云ふ位であつた。彼《かれ》は今此書物の中《なか》に、茫然として坐《すは》つた。良《やゝ》あつて、これほど寐入《ねい》つた自分の意識を強烈にするに
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