は、もう少し周囲の物を何《ど》うかしなければならぬと、思ひながら、室《へや》の中《なか》をぐる/\見廻《みまは》した。それから、又ぽかんとして壁《かべ》を眺《なが》めた。が、最後《さいご》に、自分を此薄弱な生活から救ひ得る方法は、たゞ一つあると考へた。さうして口《くち》の内《うち》で云つた。
「矢つ張り、三千代さんに逢《あ》はなくちや不可《いか》ん」
十一の三
彼は足の進まない方角へ散歩に出《で》たのを悔いた。もう一遍|出直《でなほ》して、平岡の許《もと》迄|行《い》かうかと思つてゐる所へ、森川町から寺尾が来《き》た。新らしい麦藁《むぎわら》帽を被《かぶ》つて、閑静な薄い羽織を着て、暑《あつ》い/\と云つて赤い顔《かほ》を拭《ふ》いた。
「何《なん》だつて、今時分《いまじぶん》来《き》たんだ」と代助は愛想《あいそ》もなく云ひ放つた。彼と寺尾とは平生でも、この位な言葉で交際してゐたのである。
「今|時分《じぶん》が丁度訪問に好《い》い刻限だらう。君《きみ》、又|昼寐《ひるね》をしたな。どうも職業のない人間は、惰弱で不可《いか》ん。君は一体何の為《ため》に生《うま》れて来《き》たのだつたかね」と云つて、寺尾は麦藁《むぎわら》帽で、しきりに胸のあたりへ風《かぜ》を送《おく》つた。時候はまだ夫程暑くないのだから、此所作は頗る愛嬌を添へた。
「何の為《ため》に生《うま》れて来《き》やうと、余計な御世話だ。夫《それ》より君こそ何しに来《き》たんだ。又「此所《こゝ》十日許《とほかばかり》の間《あひだ》」ぢやないか、金《かね》の相談ならもう御免だよ」と代助は遠慮なく先《さき》へ断《ことわ》つた。
「君も随分礼義を知らない男だね」と寺尾は已を得ず答へた。けれども別段感情を害した様子も見えなかつた。実を云ふと、此位な言葉は寺尾に取つて、少しも無礼とは思へなかつたのである。代助は黙《だま》つて、寺尾の顔《かほ》を見てゐた。それは、空《むな》しい壁《かべ》を見てゐるより以上の何等の感動をも、代助に与へなかつた。
寺尾は懐《ふところ》から汚《きた》ない仮綴《かりとぢ》の書物を出《だ》した。
「是を訳《やく》さなけりやならないんだ」と云つた。代助は依然として黙《だま》つてゐた。
「食《く》ふに困《こま》らないと思つて、さう無精《ぶせう》な顔《かほ》をしなくつて好《よ》から
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