貴方《あなた》、此花《このはな》、御嫌《おきらひ》なの?」
代助は椅子の足《あし》を斜《なゝめ》に立てゝ、身体《からだ》を後《うしろ》へ伸《のば》した儘、答へをせずに、微笑して見せた。
「ぢや、買《か》つて来《こ》なくつても好《よ》かつたのに。詰《つま》らないわ、回《まは》り路《みち》をして。御|負《まけ》に雨《あめ》に降《ふ》られ損《そく》なつて、息《いき》を切《き》らして」
雨《あめ》は本当に降《ふ》つて来た。雨滴《あまだれ》が樋に集《あつ》まつて、流れる音《おと》がざあと聞《きこ》えた。代助は椅子から立ち上《あ》がつた。眼《め》の前《まへ》にある百合の束《たば》を取り上《あ》げて、根元《ねもと》を括《くゝ》つた濡藁《ぬれわら》を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》り切《き》つた。
「僕に呉れたのか。そんなら早く活《い》けやう」と云ひながら、すぐ先刻《さつき》の大鉢《おほはち》の中《なか》に投《な》げ込《こ》んだ。茎《くき》が長《なが》すぎるので、根《ね》が水《みづ》を跳《は》ねて、飛《と》び出《だ》しさうになる。代助は滴《したゝ》る茎《くき》を又《また》鉢《はち》から抜《ぬ》いた。さうして洋卓《テーブル》の引出《ひきだし》から西洋|鋏《はさみ》を出《だ》して、ぷつり/\と半分《はんぶん》程の長さに剪《き》り詰《つ》めた。さうして、大きな花《はな》を、リリー、オフ、ゼ、※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]レーの簇《むら》がる上《うへ》に浮《う》かした。
「さあ是《これ》で好《い》い」と代助は鋏《はさみ》を洋卓《テーブル》の上《うへ》に置いた。三千代は此不思議に無作法に活《い》けられた百合を、しばらく見てゐたが、突然《とつぜん》、
「あなた、何時《いつ》から此花が御|嫌《きらひ》になつたの」と妙な質問をかけた。
昔し三千代の兄《あに》がまだ生《い》きてゐる時分、ある日|何《なに》かのはづみに、長い百合《ゆり》を買《か》つて、代助が谷中《やなか》の家《いへ》を訪《たづ》ねた事があつた。其時《そのとき》彼は三千代に危《あや》しげな花瓶《はないけ》の掃除をさして、自分で、大事さうに買つて来《き》た花《はな》を活《い》けて、三千代にも、三千代の兄《あに》にも、床《とこ》へ向直《むきなほ》つて眺《なが》めさした事があつた。三千代はそれを覚えてゐたの
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