《どく》ぢやないでせう」と三千代は手に持《も》つた洋盃《コツプ》を代助の前へ出《だ》して、透《す》かして見《み》せた。
「毒《どく》でないつたつて、もし二日《ふつか》も三日《みつか》も経《た》つた水《みづ》だつたら何《ど》うするんです」
「いえ、先刻《さつき》来《き》た時、あの傍《そば》迄|顔《かほ》を持《も》つて行つて嗅《か》いで見たの。其時、たつた今|其鉢《そのはち》へ水《みづ》を入れて、桶《おけ》から移《うつ》した許《ばかり》だつて、あの方《かた》が云つたんですもの。大丈夫だわ。好《い》い香《にほひ》ね」
 代助は黙《だま》つて椅子へ腰《こし》を卸した。果して詩《し》の為《ため》に鉢《はち》の水を呑んだのか、又は生理上の作用に促《うな》がされて飲んだのか、追窮する勇気も出《で》なかつた。よし前者《ぜんしや》とした所で、詩を衒《てら》つて、小説の真似なぞをした受売《うけうり》の所作とは認められなかつたからである。そこで、たゞ、
「気分はもう好《よ》くなりましたか」と聞《き》いた。

       十の五

 三千代の頬《ほゝ》に漸やく色が出《で》て来《き》た。袂《たもと》から手帛《ハンケチ》を取り出《だ》して、口《くち》の辺《あたり》を拭《ふ》きながら話《はなし》を始《はじ》めた。――大抵は伝通院前から電車へ乗《の》つて本郷迄|買物《かひもの》に出《で》るんだが、人《ひと》に聞いて見ると、本郷の方は神楽坂《かぐらざか》に比《くら》べて、何《ど》うしても一割か二割|物《もの》が高《たか》いと云ふので、此間《このあひだ》から一二度|此方《こつち》の方へ出《で》て来《き》て見た。此前《このまへ》も寄《よ》る筈《はづ》であつたが、つい遅《おそ》くなつたので急《いそ》いで帰《かへ》つた。今日《けふ》は其|積《つもり》で早《はや》く宅《うち》を出《で》た。が、御息《おやす》み中《ちう》だつたので、又|通《とほ》り迄行つて買物《かひもの》を済《す》まして帰《かへ》り掛《が》けに寄《よ》る事にした。所《ところ》が天気模様が悪《わる》くなつて、藁店《わらだな》を上《あ》がり掛《か》けるとぽつ/\降《ふ》り出《だ》した。傘《かさ》を持《も》つて来《こ》なかつたので、濡《ぬ》れまいと思つて、つい急《いそ》ぎ過《す》ぎたものだから、すぐ身体《からだ》に障《さわ》つて、息《いき》が苦《く
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