助は無論|怒《おこ》つてはゐなかつた。たゞ姉弟《けうだい》から斯《か》ういふ質問を受けやうと予期してゐなかつた丈である。今更|返《かへ》す気《き》だの、貰《もら》う積りだのと布衍《ふえん》すればする程馬鹿になる許《ばかり》だから、甘《あま》んじて打撃を受けてゐた丈である。梅子は漸やく手に余る弟を取つて抑えた様な気がしたので、後《あと》が大変云ひ易《やす》かつた。――
七の五
「代さん、あなたは不断《ふだん》から私《わたくし》を馬鹿にして御出《おいで》なさる。――いゝえ、厭味《いやみ》を云ふんぢやない、本当の事なんですもの、仕方がない。さうでせう」
「困《こま》りますね、左様《さう》真剣《しんけん》に詰問《きつもん》されちや」
「善《よ》ござんすよ。胡魔化《ごまくわ》さないでも。ちやんと分《わか》つてるんだから。だから正直に左様《さう》だと云つて御仕舞なさい。左様《さう》でないと、後《あと》が話《はな》せないから」
代助は黙《だま》つてにや/\笑《わら》つてゐた。
「でせう。そら御覧なさい。けれども、それが当り前よ。ちつとも構《かま》やしません。いくら私《わたし》が威張つたつて、貴方《あなた》に敵《かな》ひつこないのは無論ですもの。私《わたし》と貴方《あなた》とは今迄|通《どほ》りの関係で、御互ひに満足なんだから、文句はありやしません。そりや夫《それ》で好《い》いとして、貴方《あなた》は御父《おとう》さんも馬鹿にして入らつしやるのね」
代助は嫂《あによめ》の態度の真卒な所が気に入つた。それで、
「えゝ、少しは馬鹿にしてゐます」と答へた。すると梅子は左《さ》も愉快さうにハヽヽヽと笑つた。さうして云つた。
「兄《にい》さんも馬鹿にして入らつしやる」
「兄《にい》さんですか。兄《にい》さんは大いに尊敬してゐる」
「嘘《うそ》を仰《おつ》しやい。序《ついで》だから、みんな打《ぶ》ち散《ま》けて御|仕舞《しまひ》なさい」
「そりや、或点《あるてん》では馬鹿にしない事もない」
「それ御|覧《らん》なさい。あなたは一家族|中《ぢう》悉く馬鹿にして入らつしやる」
「どうも恐れ入りました」
「そんな言訳《いひわけ》はどうでも好《い》いんですよ。貴方《あなた》から見れば、みんな馬鹿にされる資格があるんだから」
「もう、廃《よ》さうぢやありませんか。今日《けふ》は中中
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