たので、後《あと》は差し向《むかひ》になつた。
 代助は突然例の話《はなし》を持《も》ち出すのも、変なものだと思つて、関係のない所からそろ/\進行を始めた。先づ父《ちゝ》と兄《あに》が綱曳《つなつぴき》で車《くるま》を急《いそ》がして何所《どこ》へ行つたのだとか、此間《このあひだ》は兄《にい》さんに御馳走になつたとか、あなたは何故《なぜ》麻布の園遊会へ来《こ》なかつたのだとか、御父《おとう》さんの漢詩は大抵|法螺《ほら》だとか、色々《いろいろ》聞いたり答へたりして居《ゐ》るうちに、一つ新しい事実を発見した。それは外《ほか》でもない。父《ちゝ》と兄《あに》が、近来目に立《た》つ様に、忙《いそが》しさうに奔走し始めて、此四五日は碌々《ろく/\》寐《ね》るひまもない位だと云ふ報知である。全体何が始《はじま》つたんですと、代助は平気な顔《かほ》で聞いて見た。すると、嫂《あによめ》も普通の調子で、さうですね、何《なに》か始《はじま》つたんでせう。御父《おとう》さんも、兄《にい》さんも私《わたくし》には何《なん》にも仰《おつ》しやらないから、知《し》らないけれどもと答へて、代さんは、それよりか此間《このあひだ》の御嫁《およめ》さんをと云ひ掛けてゐる所へ、書生が這入つて来《き》た。
 今夜《こんや》も遅《おそ》くなる、もし、誰《だれ》と誰《だれ》が来《き》たら何《なん》とか屋《や》へ来《く》る様に云つて呉れと云ふ電話を伝《つた》へた儘、書生は再び出《で》て行《い》つた。代助は又結婚問題に話《はなし》が戻《もど》ると面倒だから、時に姉《ねえ》さん、些《ちつと》御|願《ねがひ》があつて来《き》たんだが、とすぐ切り出して仕舞つた。
 梅子《うめこ》は代助の云ふ事を素直《すなほ》に聞《き》いて居《ゐ》た。代助は凡てを話すに約十分許を費《つい》やした。最後に、
「だから思ひ切つて貸して下《くだ》さい」と云つた。すると梅子は真面目《まじめ》な顔をして、
「さうね。けれども全体|何時《いつ》返《かへ》す気なの」と思ひも寄《よ》らぬ事を問ひ返した。代助は顎《あご》の先《さき》を指《ゆび》で撮《つま》んだ儘、じつと嫂《あによめ》の気色《けしき》を窺《うかゞ》つた。梅子《うめこ》は益|真面目《まじめ》な顔《かほ》をして、又斯う云つた。
「皮肉ぢやないのよ。怒《おこ》つちや不可《いけ》ませんよ」
 代
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