《なかなか》きびしいですね」
「本当なのよ。夫《それ》で差支《さしつかへ》ないんですよ。喧嘩も何《なに》も起《おこ》らないんだから。けれどもね、そんなに偉《えら》い貴方《あなた》が、何故《なぜ》私《わたし》なんぞから御金《おかね》を借《か》りる必要があるの。可笑《おか》しいぢやありませんか。いえ、揚足《あげあし》を取ると思ふと、腹《はら》が立つでせう。左様《そん》なんぢやありません。それ程|偉《えら》い貴方《あなた》でも、御金《おかね》がないと、私《わたし》見た様なものに頭《あたま》を下《さ》げなけりやならなくなる」
「だから先《さつ》きから頭《あたま》を下《さ》げてゐるんです」
「まだ本気で聞いてゐらつしやらないのね」
「是が私《わたし》の本気な所なんです」
「ぢや、それも貴方《あなた》の偉《えら》い所かも知れない。然し誰《だれ》も御金《おかね》を貸《か》し手《て》がなくつて、今の御友達を救《すく》つて上《あ》げる事が出来なかつたら、何《ど》うなさる。いくら偉《えら》くつても駄目ぢやありませんか。無能力な事は車屋《くるまや》と同《おん》なしですもの」
代助は今迄|嫂《あによめ》が是程適切な異見を自分に向つて加へ得やうとは思はなかつた。実は金《かね》の工面を思ひ立つてから、自分でも此弱点を冥々の裡《うち》に感じてゐたのである。
「全く車屋ですね。だから姉《ねえ》さんに頼《たの》むんです」
「仕方がないのね、貴方《あなた》は。あんまり、偉過《えらすぎ》て。一人《ひとり》で御|金《かね》を御|取《と》んなさいな。本当の車屋なら貸《か》して上げない事もないけれども、貴方《あなた》には厭《いや》よ。だつて余《あんま》りぢやありませんか。月々《つき/″\》兄《にい》さんや御父《おとう》さんの厄介になつた上《うへ》に、人《ひと》の分《ぶん》迄自分に引受けて、貸してやらうつて云ふんだから。誰《だれ》も出《だ》し度《たく》はないぢやありませんか」
梅子の云ふ所は実に尤もである。然し代助は此|尤《もつとも》を通り越して、気が付《つ》かずにゐた。振り返つて見ると、後《うしろ》の方に姉《あね》と兄《あに》と父《ちゝ》がかたまつてゐた。自分も後戻《あともど》りをして、世間並《せけんなみ》にならなければならないと感じた。家《うち》を出《で》る時、嫂《あによめ》から無心を断わられるだらうと
前へ
次へ
全245ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング