の後|窒扶斯《ちふす》と判明したので、すぐ大学病院へ入れた。三千代は看護の為《ため》附添《つきそひ》として一所に病院に移つた。病人の経過は、一時稍佳良であつたが、中途からぶり返《かへ》して、とう/\死んで仕舞つた。それ許《ばかり》ではない。窒扶斯《ちふす》が、見舞に来《き》た兄《あに》に伝染して、是も程なく亡《な》くなつた。国《くに》にはたゞ父親《ちゝおや》が一人《ひとり》残《のこ》つた。
それが母《はゝ》の死んだ時も、菅沼《すがぬま》の死んだ時も出《で》て来《き》て、始末をしたので、生前に関係の深《ふか》かつた代助とも平岡とも知り合になつた。三千代を連《つ》れて国へ帰る時は、娘とともに二人《ふたり》の下宿を別々に訪《たづ》ねて、暇乞《いとまごひ》旁《かた/″\》礼を述《の》べた。
其年《そのとし》の秋、平岡は三千代と結婚した。さうして其|間《あひだ》に立つたものは代助であつた。尤も表向きは郷里の先輩を頼んで、媒酌人として式に連《つら》なつて貰つたのだが、身体《からだ》を動《うご》かして、三千代《みちよ》の方を纏《まと》めたものは代助であつた。
結婚して間《ま》もなく二人《ふたり》は東京を去つた。国に居《ゐ》た父《ちゝ》は思はざるある事情の為《ため》に余儀なくされて、是も亦北海道へ行つて仕舞つた。三千代《みちよ》は何方《どつち》かと云へば、今《いま》心細い境遇に居る。どうかして、此東京に落付《おちつ》いてゐられる様にして遣《や》りたい気がする。代助はもう一返|嫂《あによめ》に相談して、此間《このあひだ》の金《かね》を調達する工面をして見やうかと思つた。又|三千代《みちよ》に逢つて、もう少し立ち入つた事情を委《くわ》しく聞いて見やうかと思つた。
七の三
けれども、平岡へ行つた所で、三千代が無暗に洗《あら》ひ浚《ざら》い※[#「口+堯」、112−13]舌《しやべ》り散《ち》らす女ではなし、よしんば何《ど》うして、そんな金《かね》が要《い》る様になつたかの事情を、詳しく聞《き》き得たにした所で、夫婦《ふうふ》の腹《はら》の中《なか》なんぞは容易に探《さぐ》られる訳のものではない。――代助の心の底を能く見詰めてゐると、彼《かれ》の本当に知りたい点は、却つて此所《こゝ》に在ると、自から承認しなければならなくなる。だから正直を云ふと、何故《なにゆへ》に
前へ
次へ
全245ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング