てゐた。
「何《なに》が旨《うま》いんだ」と代助は立ちながら、門野を見た。門野《かどの》は、
「やあ、もう御上《おあが》りですか。早いですな」と答へた。此挨拶では、もう一遍、何が旨《うま》いんだと聞かれもしなくなつたので、其儘書斎へ帰《かへ》つて、椅子《いす》に腰《こし》を掛けて休息してゐた。
休息しながら、斯《か》う頭《あたま》が妙な方面に鋭どく働《はたら》き出《だ》しちや、身体《からだ》の毒だから、些《ち》と旅行でもしやうかと思つて見た。一《ひと》つは近来持ち上《あが》つた結婚問題を避《さ》けるに都合が好《い》いとも考へた。すると又平岡の事が妙に気に掛《かゝ》つて、転地する計画をすぐ打ち消して仕舞つた。それを能く煎じ詰めて見ると、平岡の事が気に掛るのではない、矢っ張り三千代《みちよ》の事が気にかかるのである。代助は其所《そこ》迄押して来《き》ても、別段不徳義とは感じなかつた。寧ろ愉快な心持がした。
七の二
代助が三千代《みちよ》と知《し》り合《あひ》になつたのは、今から四五年前の事で、代助がまだ学生の頃《ころ》であつた。代助は長井|家《け》の関係から、当時交際社会の表面にあらはれて出《で》た、若い女の顔も名も、沢山に知つてゐた。けれども三千代は其方面の婦人ではなかつた。色合《いろあひ》から云ふと、もつと地味《ぢみ》で、気持《きもち》から云ふと、もう少し沈《しづ》んでゐた。其頃、代助の学友に菅沼《すがぬま》と云ふのがあつて、代助とも平岡とも、親しく附合《つきあ》つてゐた。三千代《みちよ》は其妹《そのいもと》である。
此|菅沼《すがぬま》は東京近県のもので、学生になつた二年目の春《はる》、修業の為《ため》と号して、国《くに》から妹を連《つ》れて来《く》ると同時に、今迄の下宿を引き払《はら》つて、二人《ふたり》して家《いへ》を持つた。其時|妹《いもと》は国《くに》の高等女学校を卒業した許《ばかり》で、年《とし》は慥《たしか》十八とか云ふ話《はなし》であつたが、派出な半襟を掛《か》けて、肩上《かたあげ》をしてゐた。さうして程なくある女学校へ通《かよ》ひ始《はじ》めた。
菅沼の家《いへ》は谷中《やなか》の清水町《しみづちよう》で、庭《には》のない代りに、椽側へ出《で》ると、上野の森《もり》の古《ふる》い杉《すぎ》が高《たか》く見えた。それがまた、
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