ぞ》有益だらうと思つて、既に遣《や》り始めようと迄《まで》決心した事があります。然《しか》し好きな事にばかり夢中になり易い、又|厭《いや》な事に始終《しじゆう》追ひ懸《か》けられてゐた其《その》頃の私には、ついに夫《それ》すら果さずじまひに終りました。夫《それ》だから、私のバイブルに於ける知識は非常に貧弱なものです。さうして私の希臘《ギリシア》神話に於《おけ》る知識も亦《また》これに劣らぬ程|憐《あはれ》なものなのに過ぎません。
それがため學校を出て教師をしてゐる時分《じぶん》には、よく雙方の故事故典で惱まされました。仕方《しかた》なしにバイブルのコンコーダンスを左右に置いたりクラシカル字彙《じゐ》といふやうなものを机上に具《そな》へたりして、何《ど》うか斯《こ》うか御茶を濁《にご》して通りました。甚だ切《せつ》ない事でした。切《せつ》ない許《ばかり》ならまだしも、時によると、馬鹿々々しくて腹の立つ事さへありました。
あなたが何《ど》んな動機から神話を譯して御覽になつたかはまだ解らないが、恐らく文學を研究する人の手引草《てびきぐさ》として許《ばかり》ではないでせう。今の人の手にする
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