林、前は青々と茂る草のむかうに残雪の八ヶ岳蓼科の連峰、よい眺望である。
初めて林檎の木と花とを見た。
信濃――北国山国はどこでもさうであるが――梅桜桃李一時開で、自然も人間も忙がしい。
此地方には山羊が多い、おとなしい家畜だが、あの鳴声はさびしい。
一里あまり歩いて、香坂明泉寺。
自然石のよい石碑が立つてゐる、曰く
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南朝忠臣香坂高宗
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お山へ登る、老樹うつさうとして小鳥がしきりに囀づる。
頂上十二丁目、大正十二年八月摂政宮殿下御登臨之処といふ記念碑が建てられてある、眺望がよろしい、白馬連山が地平を白く劃つてゐる。
木蔭の若草に寝そべつて、握飯を食べる、一壜を携へて来ることは忘れてゐない、ほろ/\酔ふてうたゝ寝する、まことに大[#「大」に「マヽ」の注記]平楽である。
一杯の水も仏の涙かな――といふ風の閼迦流山くづしがむき出してある、放浪詩人三石勝五郎さんの作。
ぶら/\歩いて戻つたのは四時頃であつた。
電報が二通来てゐた、比古君から、澄太さんからである、どちらも有難い通知だつた。
こゝで私はまた我がまゝ気まゝな性癖を発揮して、汽車で小諸へ向
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