れた。
比古居、蔵の中に寝せて貰ふ、よかつた、よかつた。

 三月十三日[#「三月十三日」に二重傍線]

今日も遊び暮らす。

 三月十四日[#「三月十四日」に二重傍線] うらゝか。

松平さんと同行して、街はづれのお宅へ、しづかな生活であつた。
石仏図を観せて貰ふ、松平さんは尊敬すべき画家だ。

 三月十五日[#「三月十五日」に二重傍線] 滞在。

比古君、印君来訪。
終日歓談。

 三月十六日[#「三月十六日」に二重傍線] まつたく春。

十時出立、松原まで歩いて、そこからは電車で富田林に後藤さんを訪ふ、泊めて貰ふ。
弘川寺の西行塚[#「弘川寺の西行塚」に傍点]に詣でる。
近在には古蹟が多い、楠公の遺蹟も所々にある。
田園風景がうらゝかだつた。
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滝池山弘川寺
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西行堂 木像、伝文覚上人作
西行塚 円信上人、西行法師のことなり
似雲法師の墓
[#ここで字下げ終わり]

 三月十七日[#「三月十七日」に二重傍線] 曇、時々雨。

八時出立、京都へ。
柏原まで電車、そこから歩く。
瓢箪山。
河内平野、牛はふさはしい。
枚方で泊る、うるさい宿だつた。
小楠公の墓、大樟。
淀川風景はよい。

 三月十八日[#「三月十八日」に二重傍線] 曇、肌寒い、彼岸入。

早起出発。
石清水八幡宮。
或るお婆さん、二銭の喜捨拝受。
電車で京都へ、北朗居にころげこむ。
北朗君と同道して陶工石黒さんを訪ねる。
寸栗子翁の訃を聞いて驚く、いよ/\近火を感じる。
夕方、みんないつしよに――奥さんも子供さんも――南禅寺境内の豆腐料理を賞味する、さすがにおいしかつた。
京都の豆腐はうまい。
夜は別れて一人、新京極を散歩する、そしてそこに寝てしまふ。
――飲む食べる、しやべるふざける、――それだけが人生か!

 三月十九日[#「三月十九日」に二重傍線] 晴。

朝は寒く昼は暖か。
どこといふあてもなく、歩きたい方へ歩きたいだけ歩いた。――
八坂の塔、芭蕉堂、西行庵、智恩院、南禅寺、永観堂、銀閣寺、本願寺、等々等。
桂子さんから速達で手紙を受取つた、何だか誤解されてゐる、嫌な気持になつた。
夜の北朗居は賑やかだつた、句会といふよりも坐談会だつた。
仙酔楼君と逢ふ、まことにしばらくだつた。
世間はうるさいね、女もうるさいね。
こだはるなかれ。
自分の信ずる道を行く外ない。

 三月廿日[#「三月廿日」に二重傍線] 曇、花ぐもり。

朝湯朝酒。
蛇が穴を出てゐた。
同人と共に北野吟行。
鷹ヶ峯、庵、光悦寺、金閣寺、酔つぱらうて、仙酔楼居へ自働[#「働」に「マヽ」の注記]車で送られる。

 三月廿一日[#「三月廿一日」に二重傍線] 雨――晴、滞在。

午后、物安居士、いく子刀自を訪ふ。
愉快な微酔。

 三月廿二日[#「三月廿二日」に二重傍線] 晴。

もつたいなや、けふも朝湯朝酒。
十時出立、宇治へ。――
平等院、うらゝかな栄華の跡。
汽車で木津まで行つて泊る。

 三月廿三日[#「三月廿三日」に二重傍線] 晴。

うらゝかな雀のおしやべり。
早朝出発、乗車、九時大河原下車、途中、笠置の山、水、家、すべてが好ましかつた。
川を渡船で渡されて、旅は道連れ、快活な若者と女給らしい娘さんらといつしよに山を越え山を越える。
山城大和の自然は美しい。
山路は快い、飛行機がまうへを掠める。
母と子とが重荷を負うて行く。
二里ばかりで名張川の岐流に添うて歩く、梅がちらほら咲いてゐる。
歩々春だ[#「歩々春だ」に傍点]、梅だ[#「梅だ」に傍点]、月ヶ瀬梅渓は好きなところだつた、だいぶ名所じみてはゐるけれど。
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こゝから月ヶ瀬といふ梅へ橋をわたる
[#ここで字下げ終わり]
バスで上野町へ、遊廓近くの安宿に泊る、うるさい宿だつた。
[#ここから3字下げ]
五月門一目万本月瀬橋
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿四日[#「三月廿四日」に二重傍線] 晴。

芭蕉遺蹟を探る――
故郷塚、瓢竹庵。
上野は好印象を与へてくれた。
阿保まで三里、うらゝかな道。
阿保から津まで電車。
津はいかにも城下らしいおちついた都会であつた、梅川屋といふのに泊る、一宿二飯で三十四銭!
二角さんを訪ねて御馳走になる。

 三月廿五日[#「三月廿五日」に二重傍線]

朝、都影さんを訪ねる、二角君に連れられて、都影さんは一見好きになれる人だ。
自働車といふものもよしわるしだと思ふ。
二角君に案内されて山田へ。
内宮外宮はたゞありがたかつたといふより外はない。
二見ヶ浦。
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裸木塚
芭蕉塚
平□塚
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都影居泊、私にはぜいたくすぎるほどだつた。
夜は自家用で白子町までドライヴ、都影君はドクトルとして、私は妙
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