なお客さんとして。
[#ここから2字下げ]
おちついてしづけさは青木の実
(比古君か印君に)
鎧着ておよろこび申す春の風吹く
(弘川寺)
春の山鐘撞いて送られた
けふのよろこびは山また山の芽ぶく色
ちんぽこの湯気もほんによい湯で
(京都)東山
・旅は笹山の笹のそよぐのも
まるい山をまへに酔つぱらふ
松笠の落ちてゐるだけで
こんやはこゝで雨がふる春雨
・旅の袂草のこんなにたまり
ぬかるみも春らしく堀[#「堀」に「マヽ」の注記]りかへしてゐる
(宇治)
うらゝかな鐘をつかう
御堂のさびも春のさゞなみ
・春日へ扉ひらいて南無阿弥陀仏
・たゞずめば風わたる空の遠く遠く
(月ヶ瀬へ)
落葉ふる岩が腰かけとして
・どこで倒れてもよい山うぐひす
落葉してあらはなる巌がつちり
蕗のとうあしもとに一つ
後になり先になり梅にほふ
(伊勢神宮、五十鈴川)
そのながれにくちそゝぐ
たふとさはまつしろなる鶏の
若葉のにほひも水のよろしさもぬかづく
(二見ヶ浦)
春波のおしよせる砂にゑがく
旅人として小雪ちらつくを
(津にて)
・けふはこゝにきて枯葦いちめん
・麦の穂のおもひでがないでもない
こどもといつしよにひよろ/\つくし
春の夜の近眼と老眼とこんがらがつて
影は竹の葉の晴れてきさうな
春めく雲でうごかない
(辨天島)
すうつと松並木が、雨も春
とほく白波が見えて松のまがりやう
裸木に一句作らしたといふ猿がしよんぼり
ぬくい雨となる砂の足あと
どうやら晴れてる花ぐもりの水平線
・春の海のどこからともなく漕いでくる
これから旅も、さくら咲きだした
・茶どころの茶の木畑の春雨
[#ここで字下げ終わり]
三月廿六日[#「三月廿六日」に二重傍線] あたゝかく。
病室の二階一間を占領して終日、読む、書く、飲む。……
三月廿七日[#「三月廿七日」に二重傍線]
九時の列車にて出立、さよなら、さよなら、ありがたう、ありがたう。
途中、四日市下車、折から開催中の博覧会見物、つまらなかつた。
都影君から貰つた正宗をラツパのみしたのはおもしろかつた。
夕方、津島君、おもひでの道をたどつて漁眠洞訪問、なつかしい家庭である、坊ちやんはよい児だ。
[#ここから1字下げ]
鉦たゝきが鉦をたゝいてゐる
[#ここで字下げ終わり]
などゝ俳句する、まだ小学二年なのに。
[#ここから3字下げ]
ひさしぶりの話がつきない夜の雨になり
[#ここで字下げ終わり]
三月廿八日[#「三月廿八日」に二重傍線] 曇。
身辺整理。
坊ちやんお嬢さん同行で、木曽川あたりへ遊ぶ、お辨当に家人の心づくしがこめられてゐた、酒――それは私にだけの――には殊に。――
鈴鹿山がひかる、伊吹山も。
風が出た、風は何よりもいつも寂しい。
めづらしいよい遊びの一日ではあつた。
三月廿九日[#「三月廿九日」に二重傍線] 晴。
朝酒はありがたすぎる。
私を[#「を」に「マヽ」の注記]旅に出て来て、もつたいないと思ふ。
私は私の友の友情に値しないことを私みづからよく知つてゐる。
津島地方の産物は毛織物と蕗、面白い取合である。
濃美[#「美」に「マヽ」の注記]平野はうらゝかだつた。
午后、漁君と同道して、蓴蓮亭を訪ふ、夜は句会。
例によつて飲みすぎる、しやべりすぎる。
三月三十日[#「三月三十日」に二重傍線] 晴。
きしめん――名古屋名物の一つといはれる揚豆腐をあしらつたうどん――を御馳走になる。
それから秋彦君と共に林五舎へ。
森有一君はほんたうに好きな友人だ。
ヱロ貝! その御馳走もよかつた。
秋彦君去り武朗君来る。
夜おそくまで話しつゞけた、そして睡つた、安らかに睡つた。
林五君よ、幸福でありたまへ。
三月三十一日[#「三月三十一日」に二重傍線] 晴、春寒、薄氷が張つてゐた。
徳川園観賞。
二時の汽車で浜松へ。――
浜松は津とも違つて、おちついた都会である。
平野小児科医院、そこに多賀治君が待つてゐて下さつた。
二階の病院の一室を私の部屋として提供された、高等下宿にでもゐるやうで、身も心もくつろいだ。
四月一日[#「四月一日」に二重傍線] 快晴。
御馳走々々々。
散歩、休養、通信。
私は自殺未遂者だ。
短かいやうな長いやうな一生。
多賀治さんとは初対面だけれど、親しい間柄である。
よい夫でありよい父であり、そしてよいドクトルである多賀治君を祝福する。
四月二日[#「四月二日」に二重傍線] 曇。
春雨しと/\。
永井さん来訪、野蕗君徃訪。
多賀治君の住宅にも寄つて奥さんに挨拶する、新居普請中。
看護婦さんと相乗で辨天島へ一路ドライヴする、かへりみてブルジヨアすぎる。
前へ
次へ
全20ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング