松月旅館に送りこまれて、酒、酒、酒、いよ/\ブルジヨアすぎる。
暮れる前に、自働車で送られる、酔がかつと出て、私はたうとう行方不明になつてしまつた!
四月三日[#「四月三日」に二重傍線] 風雨はげしかつた。
朝湯朝酒、昨夜の今朝で泣きたいやうな気持だ。
一時の列車で鎌倉へ。――
野蕗さんがひよつこり乗り込んで、送つて下さつた、涙ぐましい温情を感じた。
名古屋にも浜松にも同人間に何だか感情のもつれがあるらしい、私としては、そのどちらにも無関心だけれど。
天竜川を渡るとき、先年のおもひでにふけつた。
海は濁つて富士は見えない。
桃の花、菜の花、青麦、――日本は美しい!
丹那トンネル、暗い音がつゞく。
熱海は春たけなは、花見客が騒々しい、うるさいけれどおこられもしない。
――私は憂欝だ――人間が嫌になつたのでなくて、自分自身が嫌なのだ。
大船で乗り換へようとして下車すると、鎌倉同人が眼ざとく私を見つけて、にこ/\、自働車で鎌倉へ。
鳴雨居に落ちつく、くつろいで、酒、酒、話、話。
鳴雨君は想像した通り、奥さんと二人ぎりの、別荘風の小ぢんまりした家庭は春の海のやう。
雪男君、蜻郎君、冬青君、新五郎君、――鎌倉同人はほんたうになごやかだ。
波音があたゝかだつた。
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ヒヤとおヒヤ――前者は冷酒、後者は水。
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四月四日[#「四月四日」に二重傍線] 晴。
かたじけなくも、もつたいなくも、朝湯にはいつてから朝酒をいたゞく。
蜻郎君来訪。
三人連れで散歩、光明寺大聖閣、’’’’幡宮、建長寺、円覚寺、長谷の大仏。……
冬青居徃訪。
夜は南浦園で句会、支那料理がおいしかつた。
まことによい日よい夜であつた。
層雲社から電報、明日の句会へ出席せよといふので。――
鎌倉風景。――
東京の印象。――
東京は広い。
伊豆遊吟。
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沼津――東京。
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朝の富士は白いあたまの春の雲
松の木あざやかに富士の全貌
ぶらんこぶら/\若葉照る
街の騒音何の木か咲いてゐる
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東京をうたふ。
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さくらちる富士がまつしろ
さくら咲いてまた逢うてゐる
旅ごゝろかなしい風がふきまくる
ぼう/\としてあるくいつしか春
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(追加)
蘭竹かれ/″\の風にふかれつゝ
・鎌倉は松の木のよい月がのぼつた
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大仏さん
異人さん
さくら
寺
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いちはやく山ふところのさくら一もと
斎藤さんに
また逢ひませうと手を握る
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東京をうたふ。
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ほつと月がある東京に来てゐる
花ぐもりの富士が見えたりかくれたり
ビルからビルへ東京は私はうごく
ビルがビルに星も見えない空
ビルにて
窓へやつと芽ぶいてきた
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四月五日[#「四月五日」に二重傍線] 快晴、鎌倉から東京へ。
眼が覚めると海がころげてくるやうな波音である。
鳴雨居はしづかな夫婦ずまゐ、別荘風のしやれた家である。
朝湯朝酒、今日に限つたことではないけれど勿体ないなあと思ふ。
雪男さん来訪、散歩する、雪男居に寄る、御馳走になる。
昨夜の召電によつていつしよに上京する、大船で約束通り蜻郎君と落ち合ふ。
うらゝかな日である。
品川へ着いてまずそこの水を飲んだ、東京の水である、電車に乗つた、東京の空である、十三年ぶりに東京へ来たのだ。
大泉園を初めて訪ねる、鎌倉の椿が咲いてゐる、井師にお目にかゝる、北朗君も来てゐる。
句会、二十名ばかり集まつた、殆んどみな初対面の方々だ。
夜は層雲社に泊めて貰ふ、犬に吠えられた、歓迎してくれたのかも知れない。
武二君、五味君、北朗君と夜の更けるのも忘れて話しつゞけた。
四月六日[#「四月六日」に二重傍線] 花ぐもり。
朝酒二三杯。
北朗君、武二君と同道して銀座へ、磊々子、一石路夢道を訪ねる。
酒、酒、酒、花、花、花、そして女、女、女。
北朗は古道具屋をまはつて、いろんなものを買ふ、私が酒を飲むやうなものだろう。
四月七日[#「四月七日」に二重傍線] 花ぐもり。
浅草風景(新浅草観賞)。
定食八銭は安い、デンキブランはうまい、喜劇は面白い。
あてもなくぶら/\あるく。
四月八日[#「四月八日」に二重傍線] 曇、いつしか雨となつた。
やたらに歩いた、――浅草から上野へ、それから九段へ、それから丸の内へ。
砂吐流君徃訪、これは丸ビル。
農平君徃訪、これは海上ビル。
鳳車君徃訪、これは東京ビル。
農平君と、それから魔神明君と日本橋の大 [#「 」に「マヽ」の注記]で会食。
東京駅で砂吐流君を待ち受け、新宿聚楽で夕食をす
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