ない。
長い日であり長い夜であつたが、うれしい日であれ[#「れ」に「マヽ」の注記]、うれしい夜でもあつた。
七月六日[#「七月六日」に二重傍線] 曇。
おつとめがすんで、障子をあけはなつと、夜明けの山のみどりがながれこむこゝろよさは何ともいへない。
道即事[#「道即事」に傍点]、事即道[#「事即道」に傍点]。
行住座臥の事々物々を外にして、どこに人生があるか、道があるか。
生活とは念々撓まざる行[#「念々撓まざる行」に傍点]である。
貪らざるなり、偽らざるなり、驕らざるなり。
すなほにしてつゝましく、しづかにしてあたゝかく。
愛するなり、敬ふなり、奉るなり。
雨を観、雨を聴く、心浄うして体閑かなり。
五十五才にして五十五年の非を知る、噫、生々死々去々来々転々また転々。
隠すことなく飾ることなく、媚びることなく。
きどらずに、ごまかさずに、こだはらずに。
無理のない生活、拘泥しない生活、滞らない生活、悔恨のない生活[#「悔恨のない生活」に傍点]。
おのづから流れて、いつも流れてとゞまらない生き方、水のやうな、雲のやうな、風のやうな生き方。
自他清浄、一切清浄。
だらけきつた身心がひきしまつて、本来の自分にたちかへつたやうな気分になつた。
古徃今来、幾多の人間が私とおなじ過失を繰り返し、おなじ苦悩憂悶にもがき、そしておなじ最後のもの[#「最後のもの」に傍点]に向つて急いだであらうか。
一切我今皆懺悔。
(後日、私の懺悔はホンモノでなかつたことを、さらにまた懺悔しなければならない私であつた)夕の勧[#「勧」に「マヽ」の注記]行随喜。
独慎、自分で自分を欺くな。
洗へ、洗へ、洗ひ落せ、…………垢、よごれ、乞食根性、卑屈、恥知らず、すがりごゝろ、…………洗ひ落せ。
夜が更けて沈んでも睡れなかつた。
七月七日[#「七月七日」に二重傍線] 曇。
莫妄想。
暁の鐘の声が――それは音でなくて、声である――が身心に沁みとほる。
永平本山では、ヱレベーターは出来ても、また、水流し式の便所が出来ても、行持は綿々密々でなければならない、それが曹洞禅の本領である。
黙々として、粛々として、一切が調節された幸福[#「調節された幸福」に傍点]でなければならない。
野菜料理の味。
独り遊ぶ[#「独り遊ぶ」に傍点]、――三日間、私はアルコールなしに、ニコチンなしに、無言行をつゞけた。
これで、私の一生はよかれあしかれ、とにかく終つた、と思ふ。
満心の恥、通身の汗。
流れるまゝに流れよう[#「流れるまゝに流れよう」に傍点]、あせらずに、いういうとして。
七月八日[#「七月八日」に二重傍線] 雨。
朝課諷経に随喜する。
新山頭火となれ。
身心を正しく持して生きよ。
午後、裸足で歩いて、福井まで出かけた、留置郵便物を受取る、砂夢路君の友情によつて、泊ることが出来た、そして、久しぶりに飲んだ、そしてまた乱れた。……
七月九日[#「七月九日」に二重傍線]
とぼ/\と永平寺へ戻つて来た。
少しばかりの志納をあげて、南無承陽大師、破戒無慚の私は下山した。
夜行で大阪へ向ふ。
七月十日 降る降る。
比古さんのお世話になる、何の因縁あつて、私はかうまで比古さんの庇護をうけるのか。
性格破産[#「性格破産」に傍点]か、自我分裂[#「自我分裂」に傍点]か。
七月十二日[#「七月十二日」に二重傍線] 十三日[#「十三日」に二重傍線]
滞在。
七月十四日[#「七月十四日」に二重傍線]
夕方、安治川口から大長丸に乗つて、ほつとした。
大阪よ、さよなら、比古さん、ありがたう。
七月十五日[#「七月十五日」に二重傍線] 晴。
朝の海がだいぶ私をのんびりさせた、朝月のこゝろよさ。
二時、竹原着、螻子居の客となる。
螻子君夫妻の温情は全心全身にしみこんだ。
私はいつも思ふ――
私は何といふ下らない人間だらう、そして友といふ友はみんな何といふありがたい人々だらう。
七月十六日[#「七月十六日」に二重傍線] 晴。
滞在。
朝の散歩のこゝろよさ。
ごろ寝して読みちらす、まさに安楽国である。
朝酒、昼酒、そしてまた晩酒、けつかう、けつかう。
打水、そこから涼しい風、煽風器の殺風景な風はたゞ風といふだけ。
七月十七日[#「七月十七日」に二重傍線] 快晴。
ひとりぶら/\的場海岸へ、そこで今年最初の海水浴、ノンキだね。
夾竹桃の花は南国的、泰山木の花は男性的。
身辺整理、やうやくにして落ちつく。
七月十八日[#「七月十八日」に二重傍線] 晴。
散歩、鳩、雀、月草。……
しばらくにして。……
午前一時発動汽[#「汽」に「マヽ」の注記]船で生野島へ渡る、Kさん、奥さん、お嬢さん、お嬢さんも久しく[#「く」に「マヽ」の注記]に、五人、風もよろしく人も
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