君としんみり話す、予期したよりも元気がよいのがうれしい、どちらが果して病人か!
歩々生死、刻々去来。
あたゝかな家庭に落ちついて、病みながらも平安を楽しみつゝある抱壺君、生きてゐられるかぎり生きてゐたまへ。

 六月廿四日[#「六月廿四日」に二重傍線] 快晴。

令弟に案内されて市内見物。
仙台はよい都会だ、品格のある都会である、市内で郭公が啼き、河鹿が鳴く。
広瀬川、青葉城。
東北学院に青城子を訪ねる、君は温厚な紳士である、寂しい人でもある(その事情は後で君の口から聞いた)。
午後青衣子君来訪、抱壺君父子と共に会飲、しめやかな酒であつた。

 六月廿五日[#「六月廿五日」に二重傍線] 曇。

握飯と傘とを持つて、そして切符までも買つて貰つて、松島遊覧の電車に乗り込む。
塩釜神社参拝、境内神さびて、おのづから頭がさがる、多羅葉樹の姿、松島遊園、――あまりに遊園化してゐる、うるさいと思ふ。
瑞巌寺(雲居禅師の無相窟)。
五大堂、福浦島。
松島は雨の夜月の夜逍遙する景勝であらう。
三時の電車で石巻へ、露江居におちつく、お嬢さんが人なつこくてうれしい。
入浴、微酔、おなじ道をたどるもののありがたさ。
寝ること/\忘れること/\。

 六月廿六日[#「六月廿六日」に二重傍線] 雨。

早い朝湯にはいつてから日和山の展望をたのしむ、美しい港風景である、芭蕉句碑もあつた。
十時出発、汽車で平泉へ、沿道の眺望はよかつた、旭山……一関。……
平泉。――
[#ここから1字下げ]
毛越寺旧蹟、まことに滅びるものは美しい!
[#ここから2字下げ]
中尊寺、金色堂。
あまりに現代色が光つてゐる!
[#ここで字下げ終わり]
何だか不快を感じて、平泉を後に匆々汽車に乗つた。
九時仙台着、やうやく青衣子居を探しあてゝ厄介になる。
青衣子君の苦脳[#「脳」に「マヽ」の注記]と平静とは尊くも悲しい、省みて私は私を恥ぢた。

 六月廿七日[#「六月廿七日」に二重傍線] 晴。

――妙な夢を見た。
青衣子が方々を案内して下さる、しづかな日だつた。
政岡の墓、伽羅樹一もと。
躑躅ヶ岡、枝垂桜の老木並木。
乳房の木、萩。
宮城野をよこぎる、蝶々。
Sさんから芳醇一壜頂戴。
夕方、K君わざ/\来訪。
熱い湯からあがつてうまい酒をよばれる。
主人心づくしの鯉の手料理!
手紙二つ書く、――澄太君へ、緑平老へ、――これは悲しい手紙だ、私の全心全身をぶちまけた手紙だ(或は遺書といつてもよからう!)、懺悔告白だ。
良寛遺墨を鑑賞する、羨ましい、そして達しがたい境地の芸術である。
多々楼君、都影君、江畔老、緑平老、……感謝々々。

 六月廿九日[#「六月廿九日」に二重傍線] 曇。

沈静、いよ/\帰ることにする、どこへ。
とにかく小郡まで、そこにはさびしいけれどやすらかな寝床がある。……
七時、さよなら、ありがたう、ごきげんよう、青衣子よ、坊ちやんよ。
十時の汽車で逆戻り、二時、鳴子下車、多賀の湯といふ湯宿に泊る、質実なのが何よりうれしい。
いつでもどこでも、帰家穏座の心でありたい。
どしや降りになつて旅愁しきり。

 六月三十日[#「六月三十日」に二重傍線] 雨――曇。

眼さめるとすぐ熱い熱い湯の中へ、それから酒、酒、そして女、女だつた。
普通の湯治客には何でもないほどの酒と女とが私を痛ましいものにする。

 七月一日[#「七月一日」に二重傍線] 晴。

身心頽廃。
四時出立、酒田泊。
アルコールがなければ生きてゐられないのだ、むりにアルコールなしになれば狂ひさうになるのだ。……

 七月二日 曇。

天地暗く私も暗い。
十時の汽車で南へ南へ。――
雨、風、時化日和となつた。
夜一時福井着、駅で夜の明けるのを待つ。
明けてから歩いて、永平寺へ、途中引返して市中彷徨。

 七月三日[#「七月三日」に二重傍線] 曇。

ぼつり/\歩いてまた永平寺へ、労れて歩けなくなつて、途中野宿する、何ともいへない孤独の哀感だつた。

 七月四日[#「七月四日」に二重傍線] 晴。

どうやら梅雨空も霽れるらしく、私も何となく開けてきた。
野宿のつかれ、無一文のはかなさ。……
二里は田圃道、二里は山道、やうやくにして永平寺門前に着いた。
事情を話して参籠――といつてもあたりまへの宿泊――させていたゞく。
永平寺も俗化してゐるけれど、他の本山に比べるとまだ/\よい方である。
山がよろしい、水がよろしい、伽藍がよろしい、僧侶の起居がよろしい。
しづかで、おごそかで、ありがたい。
久しぶりに安眠。

 七月五日[#「七月五日」に二重傍線] 永平寺にて。

早朝、勤行随喜。
終日独坐、無言、反省、自責。
酒も煙草もない、アルコールがなければ、ニコチンがなければ、などゝいふも我儘だ。
山ほとゝぎす、水音はたえ
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