今浪界第一の人気者だが、若い時は信濃川分水工事の土方だつたさうな、あまり浪花節がうまく、彼がうたひだすと、みんな聞き惚れてしまつて仕事が手につかないので解雇されたといふことだ。
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○虹果君から聞いた話。
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北国ではよく飲む、冬ごもりは毎日毎夜飲むさうで、酒でも飲まなければやりきれないといふ、そんなわけで、一升[#「一升」に傍点]飲むとか二升[#「二升」に傍点]飲むとかいはないで、二日[#「二日」に傍点]飲めるとか三日[#「三日」に傍点]飲めるとかいつて酒量を日数であらはすさうな。
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海国から輸入された鯡が山国信濃化[#「信濃化」に傍点]されて鯡昆布巻[#「鯡昆布巻」に傍点]となつて特殊の味と値とを持つた。
五月三十一日[#「五月三十一日」に二重傍線] 雨。
夢のやうに雨を聞いたが、やつぱり降つてゐる、昨日こゝまで来てゐたことは(宿屋で断られて汽車に乗つたのだつたが)ほんたうによかつた、宿で降りこめられて旅費と時間とを浪費することは私のやうなものには堪へがたい。
早く眼は覚めたけれど家人の迷惑を考へて、床の中でぼんやりしてゐる。
二階の別室に閉ぢ籠つて身辺整理。
信濃川産の生鮭はおいしかつた、生れて初めて知つた鮭の味である。
若葉にふりそゝぐ雨の音はよい、隣は図書館、裏は武徳殿、あたりはしづかである。
虹果君来訪、おもしろい人である。
銀汀君と仕事の合間には話す、なつかしい人だ、よきパパであるらしい。
長岡散歩、入浴、一番風呂で気持がよかつた。
夕方から句会場――おとなりの仕出屋――へ出かける、会者五六人、遠慮なく話し合ひ腹一杯飲み食ひする、例によつて悪筆の乱筆を揮ふ、十二時近くなつて散会、酔ふて戻つてすぐ寝る、酒よりも水、水。
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(越後をうたふ)
・くもつてさむく旅のゆふべのあまりしづかな
・湯あがりの、つつじまつかに咲いて
・春がいそがしく狂人がわめく人だかり(北国所見)
・図書館はいつもひつそりと松の花
・若葉して銅像のすがたも(互尊文庫)
追加数句
・桑畑の若葉のむかうから白馬連峰
・煙突にちかづいて今日の太陽
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戸隠に小鳥の里[#「小鳥の里」に傍点]あり、うれしいではないか。
一茶翁遺蹟めぐり[#「一茶翁遺蹟めぐり」に二重傍線]。
六月一日[#「六月一日」に二重傍線] 晴。
四時にはほがらかに眼覚めた、私はたしかに不死身[#「不死身」に傍点]にちかいらしい、それは幸福でもあり不幸でもあるやうだ!
初夏の朝のすが/\しさよ、身も心ものび/\として、おのづからほゝゑましくなる。
街の鳩――飼主のない――が容姿には不似合な声で啼く。
午前中は互尊文庫で読書、探した本は見つからなかつたが。
昼飯は昨日も今日も蕎麦をいたゞいた、蕎麦はうまい、淡々として無限の味。
稲青君に案内されて悠久山へ。
夜は虹果居へ。
飲めるだけ飲んだが。……
六月二日[#「六月二日」に二重傍線] 曇、雨。
出立、銀汀、稲青の二君に長生橋まで送られて、さよなら、さよなら。
良寛和尚の遺蹟めぐり。
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良寛墓、良寛堂。
あらなみをまへになじんでゐた仏。
(国上山中)
青葉分け行く
良寛さまも行かしたろ
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出雲崎泊。
六月三日[#「六月三日」に二重傍線] 曇。
寺泊へ、それから国上山へ。
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水は滝となつて落ちる荒波
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弥彦神社。
バスで新潟へ。
六月四日[#「六月四日」に二重傍線] 五日[#「五日」に二重傍線] 六日[#「六日」に二重傍線] 七日[#「七日」に二重傍線]
新潟滞在。
砂無路居。
六月八日[#「六月八日」に二重傍線]
おわかれ。
村上東町の詢二居へ。
六月九日
詢二居飲会。
六月十日
瀬波温泉にて。
六月十一日 十二日
ぼう/\ばく/\。
六月十三日
鶴岡へ、秋兎死居。
六月十四日
秋君といつしよに湯田川温泉へ。
六月十五日
散歩。
六月十六日[#「六月十六日」に二重傍線]――廿二日[#「廿二日」に二重傍線]
酒、女、むちやくちやだつた。
秋君よ、驚いてはいけない、すまなかつた、かういふ人間として、許してくれたまへ。
湯田川温泉行。
六月廿三日 曇。
梅雨らしく降る。
私は遂に自己を失つた、さうらうとしてどこへ行く。――
抱壺君にだけは是非逢ひたい、幸にして澄太君の温情が仙台までの切符を買つてくれた、十時半の汽車に乗る。
青い山、青い野、私は慰まない、あゝこの憂欝、この苦脳[#「脳」に「マヽ」の注記]、――くづれゆく身心。
六時すぎて仙台着、抱壺
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