、鋭い山丸い山が層々として重なつてゐる、軽井沢の一望も近代的風光たるを失はない。
別荘散在、赤いのや青いのや、日本風なのや西洋流なのや。
かつこう、うぐひす、からまつ、みづおと、そしてほとゝぎすがをり/\啼く、千ヶ滝の水もおいしかつた。
行人稀で、時々自働車。
峯の茶屋で昼飯、こゝを中心にして自働車専用道路がある、私設の有料である。
こゝからすぐ国界県界、道は何だか荒涼たる六里ヶ原を横ぎる。
浅間村牧場、北軽井沢駅。
白樺が多い、歯朶の芽が興を引く、所有建札が眼に障る。
養狐場が所々にある、銀狐を生育さすのである、狐の食料は人間よりも贅沢で月二十円位はかゝるさうな、そして一ヶ年の後には毒殺されて毛皮は数百金に売れるといふ、資金を要する商売であるが、なか/\儲かるさうな。
吾妻《アガツマ》駅から電車で草津へ、五里七十四銭は高いやうであるが、登り登るのだから成程と思ふ、駅で巡査さん駅長さんと雑談する、共に好人物だつた。
殺風景な山や家がつゞいてゐたが、嬬恋《ツマゴヒ》三原あたりの眺めはよかつた。
浅間高原の空気を満喫した。
高く来て肌寒い。
六時頃やつと草津着、やうやく富山館といふ宿をたづねあてた、泊銭七十銭、湯銭十二銭。
同宿は病遍路、おとなしい老人、草津といふところは何となくうるさい、街も湯もきたならしい、よいとこでもなささうだ、お湯の中にはどんな花が咲くか解つたものぢやない!
熱い湯にはいつて二三杯ひつかけて、ライスカレーを食べて(これが宿の夕食だ、変な宿だ)ぐつすり寝た。
夢は何?…………

 五月廿二日[#「五月廿二日」に二重傍線] 晴、曇る。

朝湯はほんたうによろしいな、朝は共同湯もきれいだつた。
宿の主人は石工、こつこつこつこつ、でもおちついてしづかだ。
病遍路さんは腎臓脚気でよろ/\して軽井沢――の方へ出て行つた。……
今日一日は休養することにして、ノンキにそこらを歩く。
湯ノ沢といふ場所へ行つた、そこは業病人がうよ/\してゐる、すまないけれど、嫌な気持になつて、すぐ引き返した、かういふ場所でかういふ人々に心から接触してゐる宣教師諸君には頭がさがる、ほんたうに。
白根神社参拝、古風で、派手でないのがうれしい。
草津気分――湯町情調。
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何だかうるさいと思つたが、一日二日滞在してゐるうちに何となく好きになるから妙、しかし何となくきたない。
湯があふれて川となつて流れてゆく、浪費の快感がないでもない。
山の水を縦横に引いて、山の水はつめたくてうまい。
湯の花、そして草津味噌[#「草津味噌」に傍点]。
○ロクロくる/\椀が出来る盆が出来る。……
昼もレコードがうたひ、三味線が鳴るのは、さすがに草津。
しかし草津シーズンはこれからだ、揉湯、時間湯の光景はめづらしくおもしろい、そしてかなしい。
草津よいとこかよくないとこか、乞食坊主の私には解らん、お湯の中に花が咲くかどうか、凡そ縁遠いものです。
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午后、宿のおかみさんに案内されて、しづかなきれいななぎの湯[#「なぎの湯」に傍点]といふのへゆく、なるほど不便なだけしづかで、紙ぎれや綿きれがちらばつてゐない、しかしこゝもやつぱり特有の男女混浴[#「男女混浴」に傍点]だ、男一人(私に)女五人(二人はダルマ、二人は田舎娘、一人は宿のおかみさんだ)、ぶく/\下から湧く、透き通つて底の石が見える。
皈途、一杯また一杯、酔つぱらつて、おしやべり、――それもよからうではありませんか!
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ぼろ/\
 どろ/\
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 五月廿三日 雨、霽れて曇。

滞在、昨夜の今朝で身心おだやかでない。
一切万事落々漠々。
私は何故時々泥酔するのか、泥酔しないではゐられないのか。――
私はほんたうにおちついてゐない[#「私はほんたうにおちついてゐない」に傍点]、いつも内面では動揺してゐる、――それもその源因ではあるが、私は自己忘却[#「自己忘却」に傍点]を敢てしなければ堪へられないのである、かなしいかな。
私はまだ自己脱却[#「自己脱却」に傍点]に達してゐないのである、泥酔は自己を忘れさせてはくれるが、自己を超越させてはくれない。
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生死を生死すれば生死なし。
煩悩を煩悩せずば煩悩なし。
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線] 雨。

昨夜の風雨は高原らしい風雨であつた、雷鳴急雨、それは私の荒みつゝある身心を鞭つた。
今日も詮方なしに滞在する、私のやうなものでも、それは時間と旅費との浪費に過ぎなかつた。
よく降る、よく寝る、よく食べる、よく飲める、よく考へる。……
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  (草津雑詠)
もめやうたへや湯けむり湯けむり
ふいてあふれて湯烟の青さ澄む
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