由布岳
ふりかへる山のすがたの見えたり見えなかつたり
  水分峠
誰にも逢はない山のてふてふ
てふてふうらうらどこまでついてくる
春もすつかり鶯うまくなつた
芽ぶく山をまへにどつしりすわる
散る花や咲く花やぽか/\歩く
水音の里ちかくなつてきた
こぼれ菜の花もをさないおもひで
芽ぶく木木の濡れてます/\うつくしく
旅のわびしさのトタン屋根たたく雨
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 三月廿三日 雨――曇――雨、日田。

早起、小雨ニなつたので早々立つ。
八時半の列車で日田へ(今日は歩きたかつたのが雨具の用意がないので、仕方がない)。
天ヶ瀬[#「天ヶ瀬」に傍点]には一夜泊りたかつた。
日田はいつ来てもよい土地だが、いつもよくないのが私の財布だ! 駅で暫らく雨宿りして、それから街を通りぬけて、四年ぶりに馬酔木居を訪れた、なつかしい。
散歩したり、鮠を釣つたり、のんびり遊ぶ、なか/\寒い、汽車にもスチーム、駅にもストーヴ、火鉢にも燠がたやされない。

日田地方は酒の安いところだつた、いひかへると、量りがよいのである、一杯ひつかけてもコツプでなく枡だ、いはゆる枡飲[#「枡飲」に傍点]である。

日田は木どころ、製材所が多い、なか/\大規模だ、産物ハ焼杉下駄、名物ハ鮎、うまいなうるかは。
飲食店、宿屋料理屋が多い。

水郷日田[#「水郷日田」に傍点]、夏から秋が殊に日田!

日田のよいところは――私にうれしいのは――水がゆたかで酒がやすい、たへがたいのは風のふくこと。
霧はわるくないが(底霧とよばれてゐる)。

父と子、子と父。――

 三月廿四日 曇――晴、日田。

どうもお天気がはつきりしない、現代の社会そのものゝやうに!
アンゴラ兎。
淡窓先生墓所、長生園。
頼山陽先生淹留の故宅、如斯亭。
ふぐ料理とはどうかな、川魚料理とはよいが。
ある家の白木蓮まんかい。
川、川、水、水、酒、酒。
日の隈公園、月の隈公園、星の隈公園。
銭渕橋、河原のブールバール。
製材所風景。
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  馬酔木居
いつぽんかたすみのみつまたのはな
川風さむみおちつかないてふてふ
水車はまはる泣くやうな声だして
  日田
水じゆうわうに柳は芽ぶく
山ざくら人がのぼつて折つてゐる
藪の椿の赤くもあるか
みちがわかれるさくらさく猿田彦
花ぐもりいういうとして一機また一機
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