とうここで休まう
・山霧ふかく風車のまはるでもなく
牧水に
・ずんぶり濡れてけふも旅ゆく(幾山河……)
・山のなか山が見えない霧のなか行く
・草枯れてほんによい岩がところ/″\
由布越
・吹きおろす風をまともに吹きとばされまいぞ
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三月廿二日 好晴、春光熙々、玖珠。
七時、身心かろく出発する、高原のさわやかさ、秋のやうな、南由布へまはり、いよ/\山路にかゝる、水分峠[#「水分峠」に傍点]である、山又山、鶯がやたらに啼く。
十歩行いては立ちどまり百歩行いては腰をおろす。
雲雀が啼く、蛙が鳴く、蕗の薹、水音、家があると、鶏の声、牛の声、子供の声。
生きてゐる幸福、歩いてゐる悦楽。
野糞[#「野糞」に傍点]、いや山糞をいう/\として垂れた!
うまい水が流れ落ちてゐる、もちろん腹いつぱい飲んだ。
人間には逢はない、ことし最初の蝶に逢つた。
長い峠であつたが、よい峠であつた。
知らぬ間に野矢駅を通り越して中村へ下つてゐた、グリコ噛み噛み、さらに三里歩いて、暮れかゝる頃やうやく森町に着いた、運よくM屋といふ宿を教へられて泊めて貰ふ、ほどよい宿であつた。
防空訓練で電燈は消されてしまつたので、一杯ひつかけてそのまゝ寝た、夜中に、トタン屋根をたゝく雨音に旅愁を感じた。
里程の主観的意味[#「里程の主観的意味」に傍点](徒歩の苦楽)。
客観的には一里でも主観的に二里の場合もある。
里程観念[#「里程観念」に傍点]。
小学生が比較的に正しい。
日出生台《ヒヂオダイ》とはよい地名。
田舎の人は総じて深切だけれど、時として不深切きはまることもある、今日はその不深切のために半里ばかり歩き損した。
その山近く住んでゐて、その山の名を知らない、のんき[#「のんき」に傍点]といふか、まぬけ[#「まぬけ」に傍点]といはうか!
老梅が咲き満ちてゐた、しづかに、しづかに、野の聖のやうに(廿二日)。
追憶の道[#「追憶の道」に傍点]。――
人間のいやしさ、きたなさを痛切に感じる、肉体的に、生理的に人間の臭さ[#「人間の臭さ」に傍点]がたへきれないやうにさへ!
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水分峠
枯山あまねく日のあたる鶯うたふ
のどけさ仔牛が乳房をはなれない
はれ/″\山はむつちりよこたはる
ふと見れば足にふまれてつく/\し
蕗のとうかたまつて山ふところに
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