点]をおもふ。
ハガキが二枚残つてゐたので、岔水君と多々桜君とへたよりを書く、SOSを意味しないでもない。
散歩、ポストのあるところまで。
日々の新聞を待ち受けて読み耽る気持、その気持が、新聞は生活の一部[#「新聞は生活の一部」に傍点]であることを証拠立てる、とにかく新聞といふものは面白い、読まずにはゐられない。
夜は石油がないので(それを買ふ銭もないので)、宵から寝たが、なか/\寝つかなかつた、苦しい贅沢[#「苦しい贅沢」に傍点]とでもいはうか!
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┌流転美
│頽廃美
└壊滅美
凋落の秋の色
散る葉のうつくしさ
木の葉は散るときが最もうつくしい。
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十一月廿六日[#「十一月廿六日」に二重傍線] 晴、時々曇。
おちついて、おちつき[#「き」に「マヽ」の注記]ほどおちついて読書。
……食べるものがなくなつて[#「食べるものがなくなつて」に傍点]、ます/\食べることの真実が解る[#「ます/\食べることの真実が解る」に傍点]。……
夕飯は米がなくなつたので、そばかき[#「そばかき」に傍点]ですます、そしてすぐ寝る、石油もないから!
十一月廿七日[#「十一月廿七日」に二重傍線] 晴。
朝はよいかな、朝はよいかな、小鳥と共にうたはう。
――自省しつゝ私は独語する、――私のやうな変質的我儘者[#「変質的我儘者」に傍点]も或は千万人中の一人[#「千万人中の一人」に傍点]として許しては貰へないだらうか、枯木も山のにぎはひといはれるやうに。――
午後、頭痛がしてたまらないのでそこらを散歩する、櫨紅葉の美しい一枝を折つて戻る、あゝ亡き母の追懐! 私が自叙伝を書くならば、その冒頭の語句として、――私一家の不幸は母の自殺から初まる[#「私一家の不幸は母の自殺から初まる」に傍点]、――と書かなければならない、しかし、母よ、あなたに罪はない、あなたは犠牲となられたのだ。
朝も昼も夕も蕎麦粉を掻いて食べる。
夜が明けると起き、日が暮れると寝る、それもわるくない、おもしろい私の生活ではある。
十一月廿八日[#「十一月廿八日」に二重傍線] 曇、時雨。
うれしいたより、大山の奥さんからのたよりはとりわけて、私をよろこばせた(龍造寺さんから、句集代として多分の喜捨を頂戴して感謝に堪へない)、おゝ大山君、ありがたう(それにつけても緑平老からたよりがないのが気にかかつてならない)。
さつそく街へ出かけて買物いろ/\、――米、醤油、石油、マツチ、味噌、煙草、等々等々。
何といふ飯のうまさ!(貧乏は物の味を倍加する)ありがたさ!(困窮はその物の価値を認識せしめる)
暮羊君、久しぶりに来庵、蕎麦掻きを御馳走する、同君から金と傘とを借りて、再び街へ出かけた。
夜、湯田まで出かけて入浴する、十二日ぶりの入浴である、すぐ引き返した、そして心ゆたかに独酌のよさを味つた。
私は私のうちにりんりんたるものを感じる[#「私は私のうちにりんりんたるものを感じる」に傍点]、それを正しくうたふことが私の当面の仕事である[#「それを正しくうたふことが私の当面の仕事である」に傍点]。
酒が今までのやうにうまくなくなつた、それは心理的[#「心理的」に傍点]といふよりも生理的変化[#「生理的変化」に傍点]が私の内部に起つてゐるからであらう、とにかく私はアルコールを揚棄しなければならない[#「私はアルコールを揚棄しなければならない」に傍点]。
十一月廿九日[#「十一月廿九日」に二重傍線] 曇。
起きるとすぐ火を焚きつける、火はうれしいものだ、冬の火はことさらうれしい。
生きてゐることは死んでしまふよりも苦しい世の中であるけれども、その苦しさに堪へることが人生である。
ポストまで出かける、緑平老へ第二の詫状をおくる、岔水、多々桜君へ受贈本をそれ/″\送る、この送料はけふこのごろの私にはこたへた。
鰯十尾十三銭、酒二合二十二銭、おいしい中食をいたゞく。
午後散歩、湯田へ行く、S屋に泊る、温泉はありがたいといつも思ふ、つい泊つてしまふ(安くて良い宿を見つけたものだから)。
酒はあまり飲まなくなつた、いや飲めなくなつた(経済的に、また肉体的に)、しかし絶対禁酒はとうてい出来ない。
十一月卅一日[#「十一月卅一日」に二重傍線][#「十一月卅一日[#「十一月卅一日」に二重傍線]」はママ] 曇――晴。
朝湯を浴びて、一杯ひつかけて、それからバスに乗つて帰庵。
緑平老からあたゝかいたよりが来た、ほつとする。
大根はうまいかな、大根はあらゆる点で日本蔬菜の王だ。
白菜一玉八銭、これも漬物にして天下一品。
身辺整理、そゝくさ日が暮れた。
十二月一日[#「十二月一日」に二重傍線] 時雨。
新らしい月が来た(間もなく新らしい年が来る)、新らしい足どりで精進しよう。
防火デーといふので、サイレン、鐘声、消防隊の活動がこゝまでもよく解る。
だいたい、このごろは何々デー何々週間が多すぎる、多ぎ[#「多ぎ」に「マヽ」の注記]たるは及ばざるにしかず、誰もが食傷してゐるやうである!
冬ごもり[#「冬ごもり」に傍点]、ことしはつゝましく私らしい冬ごもりをしたい、今日まづ炬燵の用意をした(今年はとても暖かくて、当分炬燵に用もないらしいが)。
おとなしく読書して今日一日を生きた。
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今日一日の生活[#「今日一日の生活」に傍点]――
それが私の生活の一切だ。
昨日を忘れ[#「昨日を忘れ」に傍点]、明日を考へない[#「明日を考へない」に傍点]。
私の生き方は正常でないかも知れない、だが、私には私の生き方として、かういふ生き方が最も自然[#「自然」に傍点]であり正当である。
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十二月二日[#「十二月二日」に二重傍線] けふも時雨。
早朝、樹明君がやつて来て(多分、よくない朝帰りだらう!)、一寝入して、お茶を飲んで、そしてそのまゝ出勤(感心々々)。
呂竹さんの奥さんが逝かれたさうな、お気の毒だ、さつそくお悔に行き会葬しなければならないのだけれど、それが出来ないので、仏壇に香を※[#「火+(麈−鹿)」、第3水準1−87−40]きお経をあげて、ひとりひそかに冥福を祈つた。
昨日も今日も郵便が来ないが、私はぢつと待つてゐる、それだけ私も落ちついて来たのだらう。
身辺整理、整理しても整理しきれないものがある。
頭痛が堪へがたいので臥床、どうやら風邪をひいたらしい。
知足安分[#「知足安分」に傍点]、――これが私の生活信条である。
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年はとつても年寄にはなりたくない[#「年はとつても年寄にはなりたくない」に傍点]、――誰でもがかう望むだらう。
年寄になつてはもう駄目だ。
情熱のないところに創作はない[#「情熱のないところに創作はない」に傍点]。
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十二月三日[#「十二月三日」に二重傍線] 時雨。
第五十五回の誕生日!
郵便は来たけれど、期待する手紙は来なかつた。
新聞を読み/\、新聞は有難いと思ふ。
寒波が襲来したさうだが、寒い/\。
終日無言、酒はないけれど米はまだあるので、落ちついて読書した。
夕方、一杯やりたくなつたが、ぢつとこらへて早寝した。
さびしい一日、さびしすぎる誕生日であつた。
十二月四日[#「十二月四日」に二重傍線] 曇、時雨。
身心安静。――
ポストへ出かける、W店で酒三合借りる、ほうれん草二把四銭、なでしこ四銭、木綿針五本で一銭!
ほうれん草はおいしい、酒はさほどうまくない(四日ぶりの酒なのに)。
酒がうまくなくなることは――酒で無理をしなくなることは、私の苦悩[#「苦悩」に傍点]がなくなることであるが、それは同時に私の悦楽[#「悦楽」に傍点]がなくなることでもある。
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┌精神乖離症《シツオイド》
└精神分裂症
┌今日一日の命
│大死一番絶後蘇生
└死而後已
┌剣道四病
│ 驚、恐、疑、惑
└剣道四綱
一眼二足三膽四力
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十二月五日[#「十二月五日」に二重傍線] 初雪、晴。
朝早く雪が積んでゐる、降ってゐる、雪のうつくしさ。
雪見酒[#「雪見酒」に傍点]! わるくないな、誰か一樽さげて来ないかな。……
それどころぢやない、米が一粒もないではないか、……よしよし、絶食[#「絶食」に傍点]もよからう! 食べすぎ飲みすぎのわだかまりが清掃されるだらう!
雪がふるふる、支那遠征の将士を思ふ、合掌。
郵便屋さん、御苦労、新聞屋さん、御苦労。
あらゆるものに対して感激と感謝を覚える日である[#「あらゆるものに対して感激と感謝を覚える日である」に傍点]。
ポストまで、すぐ戻つた、善哉々々。
雪を眺めつゝ、行乞時代を追想しないではゐられなかつた。
寒い寒い、冬もいよ/\本調子になつた。
初炬燵[#「初炬燵」に傍点]、かうしてぬく/\と寝てゐられることは何といふ幸福であらう、有難いよりも勿躰ない。
寝苦しかつた、なか/\睡れなかつた(空腹の故でもある!)、長い夜が一層長かつた、私は熱心に軍歌の語句を考へつゞけた。……
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金がありがたいのではない[#「金がありがたいのではない」に傍点]、金をありがたがるのではない[#「金をありがたがるのではない」に傍点]、物が[#「物が」に傍点]、物そのものがありがたいのだ[#「物そのものがありがたいのだ」に傍点]、物を造つた者をありがたがるのだ[#「物を造つた者をありがたがるのだ」に傍点]。
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十二月六日[#「十二月六日」に二重傍線] 曇。
今にも何か降りだしさうな空模様である。
初霜初氷。
霜に強い葉弱い葉、氷を砕く音の快さ。
いよ/\南京陥落も迫つた、亢奮せざるを得ない。
軍歌一篇をまとめた。
煙草もなくなつた、石油も乏しい、木炭も僅かしか残つてゐない、其中庵非常時風景、いや、むしろ、平常時風景!
悠然として飢えるか[#「悠然として飢えるか」に傍点]! それだけのおちつきが私にあるならば、私は私を祝福する。
今が絶食の――断食といふよりも妥当だ――最も苦しい時である、頑張れ、頑張れ。
臥床読書、徒然草鑑賞。
午前は菜漬、午後は煮大根を少々食べる、なんと番茶のかんばしさ。
十二月七日[#「十二月七日」に二重傍線] 曇、時雨。
寒い々々、貧弱々々。
動いて動かざる心[#「動いて動かざる心」に傍点]を養へ。
今日で絶食三日[#「絶食三日」に傍点]、断酒も三日、そして禁煙二日、――午後堪へきれなくなつて出かける、精神は落ちついてゐるけれど、肉体がひよろつく、やうやくコツプ酒一杯、なでしこ一袋にありつく、米の方はいろ/\うるさいことがあるから、W老人を訪ねて芋を貰うて戻る、芋のうまさ[#「芋のうまさ」に傍点]が――今まであまり食べなかつたが――初めて解つた!
たかな六株植える、楽しみである、悔なき楽しみ[#「悔なき楽しみ」に傍点]!
睡れないし、燈火はないし、腹はへるしで、夜の明けるのがほんたうに待ち遠かつた。
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其中雑感――
○衝動性変質、自虐症[#「自虐症」に傍点]
○孤独癖
○自然的
○断食、絶食
○頽廃美
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十二月八日[#「十二月八日」に二重傍線] 曇。
朝は芋をお茶受にして渋茶何杯でもすゝつた、昼も夜もまた、芋々芋々。
多々桜君罹病入院のたより、そんな予感がないでもなかつたが、気にかゝる、早く快くなつて下さい。
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病中は何もかも投げだして物事に拘泥しないことが第一大切だと思ひます、……のんきにのんびりと句でも作ることです。
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南京まさに陥落しようとして、降伏勧告! 城下の盟は支那人としてさぞ辛からう、勝つ者と負ける者!
暮羊君の奥さんから十銭借りて街へ出かける、切手四銭、ハガキ二銭、そしてなでしこ四銭。
日が暮れるとすぐ寝床にはいつた、燈火がなくては寝て考へるより外はない。
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