ことは、野性味[#「野性味」に傍点]のないことである(野心的な句[#「野心的な句」に傍点]はさうたう見うけるが)、小さいナイフのやうな句[#「ナイフのやうな句」に傍点]ばかりで大鉈のやうな句[#「大鉈のやうな句」に傍点]がない。
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六月九日[#「六月九日」に二重傍線] 曇――晴。
やつと霽れた。
天地荘厳――私は沈欝。
――せめて、余生をなごやかに送りたいと思ふ。
菜を漬ける、何といつても食料品として最も安価なのは塩だ(私は一年間に十五銭の塩を使ひきれない)。
読書はよいな、今日も悠々として書を読んで暮らした。
石油買ひがてら散歩、或る畠の畔からコスモスの苗を抜いて来て植ゑる、この秋は庵のまはりが美しいだらう。
途上に句はいくらでも落ちてゐる、それを拾ひあげることが出来るのは俳句的姿勢だ。
心いよ/\深うして表現ます/\直なり[#「心いよ/\深うして表現ます/\直なり」に傍点]、――この境地は句に徹しようと不断に精進するものでないと、よく解るまい。
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塩鮭のあたま
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あのルンペンはどうしてゐるだらうか。
[#こ
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