句として表現するときには、それが何の花であるかをいはなければならない(特殊な場合[#「特殊な場合」に傍点]をのぞいて)、こゝに季感の意義[#「季感の意義」に傍点]が[#「季感の意義[#「季感の意義」に傍点]が」は底本では「季感の意義が[#「感の意義が」に傍点]」]あると思ふ。
○都会人にビルデイングがあるやうに田園人には藁塚がある、しかし、煎茶よりもコーヒーに心をひかれるのが、近代的人情[#「近代的人情」に傍点]であらう。
○俳句ほど作者を離れない文芸はあるまい(短歌も同様に)、一句一句に作者の顔[#「作者の顔」に傍点]が刻みこまれてある、その顔が解らなければその句はほんたう解[#「解」に「マヽ」の注記]らないのである。
○把握即表現[#「把握即表現」に傍点]である、把握が正しく確かであれば表現はおのづからにして成る、さういふ句がホントウの句である。
[#ここで字下げ終わり]
六月八日[#「六月八日」に二重傍線] 雨。
降つた降つた、降る降る。
武二君へ手紙を書く、層雲経営について。
ありがたし、多々君の手紙、ほんたうにありがたかつた、君の温情が私の身心にしみとほつた。
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