四日」に二重傍線] 曇つたり晴れたり。

曇ると梅雨はまだすまないと思ひ、晴れると梅雨はもうあがつたなと思ふ、――人間の気分のうごきは妙なものである。
閑寂[#「閑寂」に傍点]をしみ/″\味ふ。
菜園観賞。――
郵便が来ない、寂しいなあ。
ありつたけの米――三合ばかり――を炊く。
畑人よ、そんなに馬を叱るな。
山の方で鳶がしきりに鳴く、哀切な声だ。
一杯やりたいなと考へてゐるところへ、どうだらう、敬君来訪、いつしよに出かける、樹明不在、F屋で飲む、S君も仲間入、そこへまたどうだらう、樹明君加入、ビール、サイダー、酒、トマト、刺身、バナナ、ゲイシヤガール、アアソレナノニ、――それから、それから、それから、……十時頃ダツトサンで帰庵、敬君宿泊、ぐつすり睡れたが不快なものがあつた。

 七月五日[#「七月五日」に二重傍線] 曇、時々雨。

二人とも朝飯なしでお茶をすする。
敬君は九時のバスで県庁へ、私は読書。
身心重苦しい、死なゝいから生きてゐる[#「死なゝいから生きてゐる」に傍点]、――といつたやうな存在。
飯がない、米がない、袋を持つて、学校に樹明君を訪ね、米を貰つてくる、これで当分は安心。
甘草(カンゾウ?)が咲いてゐたので生ける、忘れ草[#「忘れ草」に傍点]といふ名は気に入つた、何もかもみんな忘れてしまへ。
暑い、蒸暑い、遠く雷鳴、いよ/\梅雨もあがるらしい。
無知の世界[#「無知の世界」に傍点]か、無恥の生活[#「無恥の生活」に傍点]か。――
放下着、――善悪是非も利害得失も生死有無もいつさいがつさいみんないつしよに。――
菜園にて――
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山頭火が猿葉虫を殺しつゝ、「外道め」
猿葉虫は殺されつゝ(叫ぶだらう!)「人間の奴め」
[#ここで字下げ終わり]
宇宙は生々流転する、――昨日の彼は明日の私だらう。
嵐雪の句はうまくて好きである。

 七月六日[#「七月六日」に二重傍線] 曇。

明けるのを待ちかねて起きる、虫がしきりに鳴いてゐる、流転の相[#「流転の相」に傍点]として一切を観ずる、万物は変化のあらはれ[#「変化のあらはれ」に傍点]である。
郵便は来たけれど、――失望。――
ポストへ、焼酎一合、豆腐二丁。
パイ一の世界[#「パイ一の世界」に傍点]はうれしい!
時知らず大根を播く、こんどはうまく大根になつてくれるやうに。
久しぶりに豆腐を味ふ。
蠅を打つにも、全心全力で打てば、めつたに打ちそこなうことはない。
みん/\蝉が鳴きだした、まだ短かくて下手だが私の好きな声だ。
寝苦しい。……
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┌くよ/\せずに事を運べ。
└けち/\せずに物を尊べ。
[#ここで字下げ終わり]

 七月七日[#「七月七日」に二重傍線] 曇――晴。

七夕祭、山口は賑ふだらう、湯田へ行きたいがバス代なし。
正法眼蔵拝読。
I家の人から馬鈴薯を貰ふ、私は薯類をあまり好かないけれど、それを下さる人情をありがたく頂戴する。
ハダカになりだした、世の中ハダカでよいわいな。
午後、油買ひに、いつものおぢいさんおばあさんの店で、焼酎一杯ひつかける、十二銭天国[#「十二銭天国」に傍点]だ。
まことにこれやこの酒仏飯仏そして水仏[#「酒仏飯仏そして水仏」に傍点]。
夜は芭蕉俳句鑑賞。
芭蕉はやつぱり偉大な詩人であつたと痛感する。
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泥落し[#「泥落し」に白三角傍点]
 農村年中行事の一つとして
[#ここで字下げ終わり]

 七月八日[#「七月八日」に二重傍線] 晴、時々驟雨。

夏の朝のよろしさ、みん/\蝉のよろしさ。
身辺整理、掃除したり洗濯したり。
昼も夜も漫読する。
午後、夕立らしく降る、雷鳴はげしく、二句おとしていつた。
街の風呂にはいつて欝魂を洗ふ。
暑い、暑い。
夕御飯はシヨウユウライス!
ほんに、ほんに、ぐつすりと寝た、近頃めづらしい熟睡だつた。
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○魂の詩
○印象を離れないで印象を超えたるものの表現――暗示――象徴
[#ここで字下げ終わり]

 七月九日[#「七月九日」に二重傍線] 曇、雨をり/\。

澄み徹る寂しさ[#「澄み徹る寂しさ」に傍点]。――
其中一人、まつたく無言。

 七月十日[#「七月十日」に二重傍線] 曇、微雨。

鼠がやつてきたらしい、庵主自身食べるものは此頃は塩だけしか残つてゐないのに。……
塩を味ふ[#「塩を味ふ」に傍点]、飯そのものの味[#「飯そのものの味」に傍点]。
落ちついて読書。
北支那の形勢不穏、私は人知れず憂慮する。
桔梗がいちはやく一輪咲いた。
めづらしく裏山からホトトギスの声。
午後、ポストへ、ついでに入浴、ぢつとこらへてゐたがこらへきれなくなり、M店へまはつてちよいと一杯!
夜、Nさん来訪、くらがりで閑談しばらく。

 七
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