月十一日[#「七月十一日」に二重傍線] 曇。

おもひだしたやうに時々ふる。
早起、日記をつけてゐるところへ、樹明君がさうらうとしてやつて来た、その素振があたりまへでない、また脱線沈没したのだらう、かなしくなる、しばらく寝たり起きたりしてゐたが、さうらうとして帰つていつた、さびしいな。
此頃は郵便も来ないのか!
プチブル奥さんの会話を聞くともなく聞く、――このごろは食べられないで困ります、食べい食べいといはれるんですけど、――私は考へる、――私は食べられて困る、なるたけ小食でありたいと思ふのに大食して困る、――どちらがほんたうか、どちらが幸福か。――
新聞を読んでゐると、自殺者心中者が多いのに胸をうたれる、生きてゐる生甲斐のある世の中でもないけれど、死んでしまへばそれまでだ。
午後、ポストへ、ついでにすこし散歩する、新町へまはつて、ちよつくら一杯!
あまり寂しくて、やりきれないので、澄太君と緑平老とへたよりを書く。
夜はしづかに寝た。
[#ここから1字下げ]
私の境涯は――
山頭火即俳句だ[#「山頭火即俳句だ」に傍点]。
俳句即山頭火[#「俳句即山頭火」に傍点]とはうぬぼれていないが(それほど省察を忘れてはゐない)。
[#ここで字下げ終わり]

 七月十二日[#「七月十二日」に二重傍線] 雨、そして晴。

降つた降つた、漏つた漏つた。
今日も塩だけで。――
鬼百合を活ける。
午後は晴れた。
I店で米を借りる、M店で一杯。
とかく気持が虚無的になる[#「とかく気持が虚無的になる」に傍点]、虚無に徹するより外はあるまい[#「虚無に徹するより外はあるまい」に傍点]。
[#ここから3字下げ]
┌自然    ┌人間
└人生    └虫
[#ここから1字下げ]
  ┌象徴的把握┐
印象│     │生活感情
  └写実的表現┘
[#ここで字下げ終わり]

 七月十三日[#「七月十三日」に二重傍線] 晴――曇。

朝の光――蛙の合唱、蝉の歌、きり/″\すのうた。
盆が来た、とてもさびしい盆である。
衆生の恩[#「衆生の恩」に傍点]を思ふ、それを忘れさへしなければ堕落し切ることはない。
裏山逍遙。
ほどよい枯竹が見つかつたので火吹竹をこしらへる、ずゐぶん現代ばなれの所作だ。
夜は芭蕉再鑑賞。
寝苦しかつた、いつまでも睡れなかつた。
飯と塩[#「飯と塩」に傍点]、それだけで今日も暮らした。

 七月十四日[#「七月十四日」に二重傍線] 曇、時々降る。

何よりも早く起きた、そして。――
朝は正法眼蔵拝読。
さびしいな、こらへきれないで出かける、Mで酒を、Kで煙草を借りて戻る、ありがたい。
[#ここから2字下げ]
言はむすべ為むすべ知らに極りて貴きものは酒にし有るらし(大伴旅人)
[#ここで字下げ終わり]
今日、読んだものの中で、この歌に心をひかれた。
初めてうちの胡瓜[#「うちの胡瓜」に傍点]を食べる、うまかつた、うれしかつた。
先日から塩飯[#「塩飯」に傍点]を食べつゞけてゐるので(時々般若湯を飲むけれど)、身清浄心寂静[#「身清浄心寂静」に傍点]を感じる。
北支の形勢はいよ/\切迫した、それは日本人として大陸進出の一動向である、日本の必然[#「日本の必然」に傍点]だ、それに対して抵抗邀撃するのは支那の必然[#「支那の必然」に傍点]だ、ここに必然と必然との闘争[#「ここに必然と必然との闘争」に傍点]が展開される、勝つても負けてもまた必然当然であれ。
夕方、Iさん来庵、四方山話をする。
草刈さんに家のまはりの草――通行を妨げる――その草を刈つて貰ふ。
夜は寒山詩を読む、彼の信念はよく解る、共鳴するけれど、彼の独善的態度[#「独善的態度」に傍点]には賛じがたい、私は彼の詩のやうな句は作りたくない。
今夜も寝苦しかつた、老情でもあらう!

 七月十五日[#「七月十五日」に二重傍線] 雨、曇、晴。

暗いうちに起きて、何やかやしてゐるうちにやうやく明るくなつた。――
たうとう塩もなくなつた[#「塩もなくなつた」に傍点]! まさに今年無錐其地だ!
藪蚊には困る、私一人にあつまつて私を落ちつかせない、あゝ藪蚊藪蚊、藪蚊をキズにして何両!
午後、湯屋へ、そこでしばらくの生をたのしむ。
敬君来庵、樹明君徃訪、……酒、酒、酒、……それから、それから、それからだつた、――それで、よろしい、よろしい、よろしい。
[#ここから1字下げ]
空観――
実相無相、生死去来真実相。
[#ここで字下げ終わり]

 七月十六日[#「七月十六日」に二重傍線] 曇。

早起、けさはにぎやかだ、樹明君敬君が泊つてゐる、飲みつかれ歩きつかれて死んだやうに寝てゐる。
樹明君は早朝出勤、敬君はゆつくりして帰宅。
私は街へ、一杯また一杯ひつかける。
理髪入浴、みんなマイナスだ。
どうも飲み足
前へ 次へ
全28ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング