日までとてもどこかで読まして貰つてゐたが)、新聞といふものはすでに私たちにとつては、生活の必需品となつてゐる、私は酒を飲むやうに新聞を読むのである。
読売[#「読売」に傍点]はなつかしい新聞だ、今日此頃の読売は新興の意気ハツラツとしてゐる。
終日読書、まことに日が永い、いや、私には夜さへも短かくはないのだ!
また夢を見た、――旧友S君に邂逅して愉快に談笑した、これも老情のあらはれだらうか。
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夢のない人生は寂しすぎる[#「夢のない人生は寂しすぎる」に傍点]!
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 七月一日[#「七月一日」に二重傍線] 曇――晴。

早起、沈静。
今年も半分過ぎ去つてしまつた。
菜園を眺めて、今更のやうに大地と太陽とのありがたさ[#「大地と太陽とのありがたさ」に傍点]を思ふ。
午後ポストへ、ついでに入浴、M屋で一杯、うれしいうれしい、暑い暑い。
大阪毎日新聞による、黒龍江畔風雲急らしい、どうぞ戦争にならないやうにと人民のために[#「人民のために」に傍点]祈る。
私は不死身[#「不死身」に傍点]に近い肉体の持主だが、病的健康[#「病的健康」に傍点]とでもいふのだらうか、あんなにムチヤクチヤで、こんなにガンキヨウである。
きり/″\すが鳴きだした、金亀虫《カナブン》が初めてやつてきた(地虫はすでに鳴いてゐたが)。
毎日、しづかな[#「しづかな」に傍点]、あまりにしづかな日[#「あまりにしづかな日」に傍点]がつゞく、こんなではいつカンシヤクがバクハツするかもわからない、用心々々。
疳癪は必ずしも騒がしい時うるさい場合にのみ起るものではない。
蟻が塩物に集まつてゐた、まことに辛いものにも蟻[#「辛いものにも蟻」に傍点]である(だつて甘いものなんかないではないかなどと、蟻[#「蟻」に傍点]よ、逆襲することなかれ!)。
夕方、さびしいから、そこらをぶらつく、やつぱり慰まない、人間は人間の中[#「人間は人間の中」に傍点]、人間には人間がおもしろい[#「人間には人間がおもしろい」に傍点]。
几董、沼波、大魯の句を鑑賞する。
不眠、今夜はとても蚊が多い、二度も三度も蚊を焼いた、老いたるかな、山頭火!
今夜の夢は妙だつた、自動車がこんがらがつて、私もつきとばされたが。――
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物を尊ぶ[#「物を尊ぶ」に白三角傍点]。――
貨幣にごまかさるゝなかれ。
金銀にまよふなかれ。
米を、酒を、水を、魚を味へ。
物そのものの[#「物そのものの」に白三角傍点]味。――
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 七月二日[#「七月二日」に二重傍線] 晴――曇。

今朝は私も早く起きたが新聞の配達も早かつた。
落ちついて読書、其角、嵐雪鑑賞。
午後は裏山を逍遙する、心臓の弱さを痛感する。
小松二本、俳句二章を拾ふた。
すつかり夏日風景になつた。
岔水君から奥さんお手製の折紙を送つて来た、曰く鮹の道[#「道」に「マヽ」の注記]、曰くコン助、曰くピヱロ、これも庵中無聊を慰めてくれる。
夕方、Nさん来庵、閑談暫時、ほいなくそのまゝさよならをする。
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句作の道は、生活の純化[#「生活の純化」に傍点]にある。
志すところは無我境逍遙[#「無我境逍遙」に傍点]である。
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 七月三日[#「七月三日」に二重傍線] 好晴。

眼が覚めるとすぐ起きた、火を焚きつけたり掃除したりしてゐるうちに明けてきた。
読書三昧。
其角の作はうまいとは思ふけれど、芭蕉の句のやうに身にせまり心をうつもの[#「身にせまり心をうつもの」に傍点]がない、私は其角を好かない、去来を好く。
――みんないつしよに――草も木も虫も鳥も――朝の歌[#「朝の歌」に傍点]をうたはう。――
まことに好季節[#「好季節」に傍点]、私は夏を礼讃する、夏は貧乏人でも暮らしよい、年寄でも凌ぎよい。
――どうせ野ざらし[#「野ざらし」に傍点]の私であらうことは覚悟してゐる、せめて野の鳥や獣のやうに[#「野の鳥や獣のやうに」に傍点]死にたいものである。――
菜園に肥料を与へたり害虫を殺したりする、何かと考へさせられることが多い。
――私のやうな人間が、涼風に臥してのんびりしてゐることは、ほんたうに勿躰ない、省みて慎しまなければならない私[#「省みて慎しまなければならない私」に傍点]である。――
自堕落に身を持ちくづした私で、さういふ私だつたから、規律の尊さ[#「規律の尊さ」に傍点]が身にしみてきたのであらう。
午後はそゞろあるき、ポストを口実にしてM店まで出かけて一杯二杯、ほんにサケノミはいやしい。
凝心[#「凝心」に傍点]はよい、時には放心[#「放心」に傍点]もよい。
夢いろ/\、夢は覚えてゐてもすぐ忘れてしまふからうれしい。

 七月四日[#「七月
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