辺整理。
規律ある生活[#「規律ある生活」に傍点]、――それが正しい生活だ、人間は節制をなくしてはならない、孔子でさへも、我れ七十にして[#「七十にして」に傍点]己の欲するところに従うてその矩を踰えず、といはれたではないか、この事が六十近く[#「六十近く」に傍点]なつて初めて解つた。
矛盾だらけの私[#「矛盾だらけの私」に傍点]である、私の日々の生活は矛盾に矛盾を積み重ねて行くやうなものだ。
無坪兄から見事な壺を頂戴した、兄その人に触れたやうな気がした。
雨はしんみりと落ちつかせてくれる、今日はおだやかな好日であつた。
昨日の蒸暑さにひきかへて今日は肌寒かつた。
煙草もなくなつた、喫はないでこらへた。
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離愁[#「離愁」に白三角傍点]
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□人間性に根ざす流浪性
□孤立と集合
□人間は人間の中
□ルンペンの悲哀
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四月廿三日[#「四月廿三日」に二重傍線] 曇――晴。
沈静、多少の憂欝。
妙な人間が来た、彼は唖だつた、頭髪だけはキチンと分けて古オーヴアを着てゐる、彼に対して、私は何となく不愉快を感じた、悲しい事実だが、私は此頃多少ヒネクレて浮かないのである。
めつたにないことであるが、今日の私は頭脳が重苦しいので、裏山を散歩する、山はいつもよろしいな、何の木かの若葉を折つて来て活けた。
松蝉が家ちかく下りて来て、しきりに鳴く、初夏の声だ。
誰か来たと思つて出て見たら、K屋の老主人だつた。――
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雑草ふみわけたま/\来れば借金取で
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微苦笑する外なかつた。
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旅に出たいと思ふ。――
むろん、昨年のやうなプチブル的な旅は嫌だ、嘘だ、繰り返したくない。
以前のやうに、行乞流転して、そのまゝ消えてしまふやうな旅[#「そのまゝ消えてしまふやうな旅」に傍点]でなければならない。
かなしいかな、私の身心はあまりに物臭になつてゐる、意力をなくしてしまつてゐるのだ。――
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四月廿四日[#「四月廿四日」に二重傍線] 曇――雨。
まことにおだやかな天、地、人、――私であつた。
貪ることなかれ[#「貪ることなかれ」に傍点]、貪ることなかれ[#「貪ることなかれ」に傍点]。
句稿整理、どうやらかうやらかたづきさうになつた。
午後は散歩、農学校に寄つて新聞を読ませて貰ふ、樹明君に逢うて、悲しい話を聞く(彼の窶れた顔はまともに見てはゐられなかつた、みんな酒のためだ、人事とは思はれない)、私も悲しくなつて、急いで戻つた。
今日も蕗を煮た、そのほろにがさは何ともいへないうまさだ、此頃が蕗の旬だらう。
米は、むろん、なくてはならないが、石油もなければならない、米と石油と[#「米と石油と」に傍点]、この二つさへあれば[#「この二つさへあれば」に傍点]、私は死なずにゐられる[#「私は死なずにゐられる」に傍点]。
いつまでも睡れなかつた、アブラが切れたからだらう。
去来集を読む。
明け方、とろ/\したとおもつたら、とても嫌な夢を見た。……
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善良なる愚人[#「善良なる愚人」に傍点]ではいけない。
賢い善人[#「賢い善人」に傍点]でなければならない。
この人を見よ――
何といふ愚人の醜さ[#「愚人の醜さ」に傍点]だらう!
日光と水と[#「日光と水と」に傍点]、そして塩と草と[#「そして塩と草と」に傍点]、これだけは私の生活にもなくてはならないものである。
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四月廿五日[#「四月廿五日」に二重傍線] 雨。
いやな夢から覚めて、そのまゝ起きて御飯を炊く。
すこしく食べて[#「すこしく食べて」に傍点]、ふかく考へよ[#「ふかく考へよ」に傍点]。
一切にささへられた人生[#「一切にささへられた人生」に傍点]、一切にはたらきかける生活[#「一切にはたらきかける生活」に傍点]、貫いて流れるもの[#「貫いて流れるもの」に白三角傍点]――それだ、それだ。
青梅が大きくなつてゐる、春菊は花をつけて食べらら[#「ら」に「マヽ」の注記]れなくなつたので、生花にする。
やつぱり人間はヱゴイストだ[#「やつぱり人間はヱゴイストだ」に傍点]。
健からの手紙は私に涙を流させ、緑平老への手紙は私に汗を流させた。……
街へ出かけて、払へるだけ払つてまはる、払ひたい、払はなければならない半分も払はないのに、また無一文になつてしまつた。
M店で二杯、K屋で二杯ひつかけた、ほろ/\とろ/\、戻つて御飯にする、若布がおいしかつた。
樹明君から来信、今晩は宿直だからやつて来たまへ、久しぶりに飲んで話さう、といふ、訪ねるまでの時間内に湯屋で髯を剃る。
私の大食が樹明君を驚かした、私はとかく食べすぎ飲
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