惴」に「マヽ」の注記]らず、乱れず。
心すなほに体ゆたかなり。

老人は老人らしく[#「老人は老人らしく」に傍点]、無能力者は無能力者らしく生きる[#「無能力者は無能力者らしく生きる」に傍点]――これが私を生かす生き方である[#「これが私を生かす生き方である」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]

 四月十四日[#「四月十四日」に二重傍線] 曇――雨。

風、風、風、風はほんたうにさびしい、いやなものである。
句稿整理。
暮れて出かける、一杯二杯三杯、ぐん[#「ん」に「マヽ」の注記]で/\になつたが、脱線とはいへなかつたが。……
[#ここから1字下げ]
   句作三境
事[#「事」に白三角傍点]……………………説明式[#「説明式」に傍点]
 事柄
景[#「景」に白三角傍点]……………………描写的[#「描写的」に傍点]
 自然人生の恣[#「恣」に「マヽ」の注記]態
象[#「象」に白三角傍点]……………………表現[#「表現」に傍点]
 真の具体化
  (門を入るは易く堂に上るは難し)
[#ここで字下げ終わり]

 四月十五日[#「四月十五日」に二重傍線] 晴。

朝酒二三杯。
学校に寄つて、樹明君、暮羊君を悩ました。
おとなしく帰庵して就床。

 四月十六日[#「四月十六日」に二重傍線] 曇。

茫然として草を観る、――そんな気持だつた。

 四月十七日[#「四月十七日」に二重傍線] 晴。

うらゝかだつた、落ちつけた。
木の芽草の芽のうつくしさ。
愚痴を去れ[#「愚痴を去れ」に白三角傍点]。
塩の味[#「塩の味」に傍点]を知つた(食べるものがなくなつて)。
よろしい、よろしい、よろしい。
[#ここから1字下げ]
窮すれば通ず[#「窮すれば通ず」に傍点]――まつたくだ。――
窮しなければ通じない。
[#ここで字下げ終わり]

 四月十八日[#「四月十八日」に二重傍線] 晴――曇。

身辺整理、落ちついてすなほな日。
午後、久しぶりに樹明君来庵、宿酔の様子で、すぐ寝てしまふ、夕方になつて少しばかり飲む、二人としては近来にない、よい会合であつた。
私もおかげでぐつすりと睡れた。

 四月十九日[#「四月十九日」に二重傍線] 曇――晴。

今日もおだやかな一日だつた。
句稿整理、なか/\捗らないので困る。
暑くなく寒くなく、まさに好季節の好季節。
何十日ぶりかで句作気分になつた、山頭火はまだ山頭火を失つてはゐなかつた!
腹工合がよくないので散歩、たうとう湯田まで歩いた、一浴して、そして一杯ひつかけて帰つた、まことによい散歩だつた。
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シヨウユウライスよりもソルトライスがうまい! このうまさは貧乏しないと、飢えないと解らない。
[#ここで字下げ終わり]

 四月廿日[#「四月廿日」に二重傍線] 晴――曇。

季節のよろしさ、晩秋初冬ほどではないけれど、生き残つてゐるよろこびをよろこばせてくれる。
句稿整理。
松蝉がそこらで鳴く。
裏山を歩く、蕨でも採るつもりだつたが、それは見つからなくて、句を二つ三つ拾つた。
午後また近郊散歩。
溜息――春のなげき、天にも地にも私にも。
今日は村の観音祭らしく、地下の老若男女が御馳走を持つて山へ行く、――それを眺めてゐて、私は何か寂しかつた。
無感傷主義[#「無感傷主義」に傍点]の境地に入れたら、どんなに落ちつけるだらう、……そして、……この身心のドライをどうしたらよいか。……
寝苦しかつた。
私はどこかへ移らう(湯田が望ましい)、居は気を移すといふ、新らしい土地で新らしく生活しよう。
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   今日の買物
一金十銭   酒一杯
一金十銭   鰯十四尾
一金五銭   廻転焼三つ
一金十銭   バス代
一金十五銭  石油三合
[#ここで字下げ終わり]

 四月廿日[#「四月廿日」に二重傍線][#「四月廿日[#「四月廿日」に二重傍線]」はママ] 曇。

今日も句稿整理、といふよりも、身心整理といふべきであらう。
午後、ポストまで出かける。
米がなくなつた(むろん、いつものやうに銭はない)、I商店から二升だけ借りてくる、途上で蕨を買つた、一杷五銭也。
鰯もうまい、蕗もうまい、蕨もうまい、海のもの山のもの畑のもの[#「海のもの山のもの畑のもの」に傍点]、しみじみ味へば何でもうまい[#「しみじみ味へば何でもうまい」に傍点]。
それにしても私は私の大食を嘆く、何といふ大きい[#「何といふ大きい」に傍点]、そして強い私の胃袋だらう[#「そして強い私の胃袋だらう」に傍点]!
蒸暑かつた、夏が近いことをおもはせる。
日が長く夜が短かい、私はその日夜を持て余してゐる、罰あたりの不幸者め[#「罰あたりの不幸者め」に傍点]!

 四月廿二日[#「四月廿二日」に二重傍線] 雨。

早起、身
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