3字下げ]
主我的――西洋的――強い生活。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□自然の中へ[#「自然の中へ」に傍点]融け込む。
[#ここから3字下げ]
没我的――東洋的――素直な生き方。
[#ここで字下げ終わり]

 十二月十六日[#「十二月十六日」に二重傍線] 曇――晴――曇。

朝起きると貰ひ水。
たよりいろ/\ありがたし。
大根飯を炊く――萱の穂で小箒を拵らへる――髯が伸びて何となく気にかゝる――といつたやうな身辺些事もそれ/″\興味があるものだ。
ふと気がつくと、こゝには鼠がゐない[#「こゝには鼠がゐない」に傍点]、時々入り込んでくるが、間もなく逃げだす、食物がないからであらうけれど、それにしても家に鼠は付物なのに。
午後は散歩、今日も農学校に寄つて新聞を読み樹明君に逢ふ、サビシイサビシイ顔を見合せて別れた!
水仙が芽ぶいて、早いのは蕾んでゐる。
杖はよいものだ[#「杖はよいものだ」に傍点]、老人には竹の杖がよい、私のは棕梠竹、いつぞや行脚の途次、白船居で貰つたもの。
庵中独臥、閑々寂々、水のやうな句がうまれさうな、今夜もまた睡れさうにない。……
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
※[#二重四角、368−1]俳句性[#「俳句性」に白三角傍点]――
[#ここから3字下げ]
       (単純化[#「単純化」に傍点])
            ┌印象律
量に於て――俳句的リズム┤
            └象徴的手法
質に於て――自然及自然化[#「自然化」に傍点]されたる人事
       (端的[#「端的」に傍点])
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
※[#二重四角、368−6]作家は自己批判[#「自己批判」に傍点]を怠つてはならない、自己認識が正しくなければならない。
 俳人といへども同様である。
 自己を句材とすることは随分難かしい(独りよがりの句ならば何でもないが)、深い体験と相[#「深い体験と相」に傍点]常[#「常」に「マヽ」の注記]の年齢[#「の年齢」に傍点]とを要する。
 人間が出来てゐなければ、彼の句は――自己をうたふ場合には殊に――成つてゐないからである。
※[#二重四角、368−12]俳句は作られるもの[#「作られるもの」に傍点]でなくして生れるもの[#「生れるもの」に傍点]といはれる。
 生れるもの――
[#ここから3字下げ]
個性的、境涯的、身辺的。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
 俳句は心境の芸術[#「心境の芸術」に傍点]である。
※[#二重四角、368−16]新俳句と新川柳とを劃する一線は、前者が飽くまで具象的表現[#「具象的表現」に傍点]を要求するに反し、後者は抽象的叙述[#「抽象的叙述」に傍点]を許容する、言ひ換へれば、観念を観念として[#「観念を観念として」に傍点]表白しても川柳にはなる、断じて俳句にはならないが、――そこにあると考へる。
[#ここで字下げ終わり]

 十二月十七日[#「十二月十七日」に二重傍線] 曇――晴。

今朝は六時のサイレンが鳴る前に起きた。
アルコールなしの四日目、いつもほどではないが、多少の憂欝と焦燥とがある。
名を知らない小鳥がおもしろく啼く、それは彼等の love song だらう。
草紅葉のうつくしさよ。
身辺整理。――
今日のあたゝかさはどうだ、今年の冬は何といふぬくいことだらう。
頭痛がして、ぢつとしてゐられないので裏山を歩く、山はいつでもよいなあ!
こらへた――ぐつとこらへた――何をこらへた――のんべい虫[#「のんべい虫」に傍点]がこみあげてくるのを。――
ねむれなければねむれるまでねむらないだけだ。
此頃、私は天地自在[#「天地自在」に傍点]を感じる。……
[#ここから1字下げ]
  雑録
◎閑中忙[#「閑中忙」に傍点](年末年始の記)
[#ここで字下げ終わり]

 十二月十八日[#「十二月十八日」に二重傍線] 曇――雨。

明け方、雷鳴そして雨声、春雷でもあるまい、冬雷か、ぬくい、ぬくい、ぬくすぎる。
雨の枯草風景のよろしさ。
身心おちついて、しづかに身辺雑事を観察鑑賞。
耳が遠くなるに随つて、かへつて私は万象玲瓏、身心透徹を感じるのである。
暮れ方、酒と魚とを持つて樹明君来訪、まことによい酒よい話であつた、酒を飲みつくしてめでたく別れる、後始末してから、ぐつすり寝る。
指折り数へると、六日ぶりの酒[#「六日ぶりの酒」に傍点]だつた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□古典に就いて
[#ここから3字下げ]
       自然性[#「自然性」に傍点]
千載不易――(貫くもの)┐
       時代性[#「時代性」に傍点]  ├歴史的展開
一時流行――(移るもの)┘
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□万物此一点にあつまる[#「万物此一点にあつまる」に傍点]、そこに芸術がある、心の芸術である。
[#ここで字下げ終わり]

 十二月十九日[#「十二月十九日」に二重傍線] 曇。

今日はだいぶ冬らしく。
ぐつすり睡れたので、いつもより気分が軽い。
やうやく井戸に水がたまつた、濁つてはゐるけれど使へないこともない、これで何十日ぶりかで、毎日の水貰ひの苦労をしないですむやうになつた、ありがたい。
あるだけの米を炊く。――
小包が来た、遠く浅間の麓から江畔老が心づくしの品――蕎麦粉である、涙がこぼれるほどうれしかつた、それは江畔老その人のやうにあたゝかくておいしい! 合掌瞑目、しばらく信州の山河と人々とをなつかしがつた。……
漁眠洞さんから、女学校々友会雑誌ふぢなみ[#「ふぢなみ」に傍点]も来た、これもうれしい読物だつた。
私はひとりしみ/″\幸福感にひたつた。
午後、Nさん来庵、お土産の生海苔はめづらしくておいしかつた、沢山あるので、佃煮にしたり干したりしてをく、むろん生《ナマ》でも食べたが。
いつしよに蕎麦粉をかいて味ふ。
庵の厨房いよ/\豊富である。
Nさんから露西亜三人集を借りる、チヱーホフを読み返すために、――私は彼の作品を愛好してゐる、何度読んでも面白い、読む度に味が出る。
やがて大晦日、それからお正月、それから!――
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
○平凡に徹すること[#「平凡に徹すること」に傍点]、これが私たち平凡人の唯一の道である、老来ます/\この感が深い、平凡にして純真[#「平凡にして純真」に傍点]、簡にして凡[#「簡にして凡」に傍点]、それでよろしいのである。
○物そのものになりきる[#「物そのものになりきる」に傍点]、これがほんたうの生き方である、禅の立つところである。
○新しい俳句の道は、入り易くして到り難い[#「入り易くして到り難い」に傍点]、門はわけなくくゞれるが、堂へはなか/\のぼれない。
 難行道[#「難行道」に傍点]だ、それだけ楽しい道だ。
 常精進[#「常精進」に傍点]より外にてだてはない。
[#ここで字下げ終わり]

 十二月二十日[#「十二月二十日」に二重傍線] 曇。

陰欝な日和、寒い寒い、炬燵にもぐりこんで。――
Kさん来庵、大根と密[#「密」に「マヽ」の注記]柑とを頂戴する、生海苔があるといふので一杯やることになり、一応帰つて、酒と醤油と酢とを持参、ほどよく飲んで別れた、信州名物の蕎麦粉を御馳走したらたいへん喜んで下さつた、私もうれしかつた。
Kから、多々楼君から、ありがたい手紙を受け取つた、ほんとうにありがたかつた、おかげで悠々として年の瀬を越すことが出来る、(もう一度繰り返さう)ほんたうにありがたかつた。
その為替を持つて街へ出かける、そして払へるだけ払ひ、買へるだけ買ふ、例によつて湯田温泉へ、たまつた垢を洗ひ流す、ゆつくり飲んで、例の宿に泊る、愉快々々、上出来々々々、万歳々々(此費用弐円あまり)。
[#ここから1字下げ]
   私の買物帳[#「私の買物帳」に傍点](山頭火師走風景)
一金壱円五十五銭  米五升
一金壱円弐十銭   木炭壱俵
一金五銭      塩
一金八銭      封筒
一金六銭      マツチ
一金九銭      味噌百目
一金十五銭     番茶
一金五十銭     下駄
一金壱円十銭    酒壱升
一金三十銭     なでしこ
一金十七銭     酢一瓶
一金六十三銭    醤油一升
一金四十五銭    石油一升
一金十五銭     湯札五枚
一金弐拾五銭    理髪料
一金四十五銭    麦三升
一金十銭      鰯十三尾
[#ここで字下げ終わり]

 十二月二十一日[#「十二月二十一日」に二重傍線] 曇――晴。

あたゝかい師走風景である、朝のバスでめでたく帰庵、庵はいつも閑々寂々、枯草風景がなか/\美しい。
午後、街へ出かけていろ/\買物をする、そしていつもの癖で、あちらこちらで飲む、コツプ酒十杯位はひつかけたらう! おつつしみなさい、冷酒はおよしなさい!
暮れてから戻つた、そしてお茶漬さら/\いたゞいて寝た、飲みすぎて少し苦しかつた、それ見ろ、罰があたるぞ、いや、あたつてゐるぞ!
A店の旧債を払つたことは何よりうれしい、そして僕の食堂[#「僕の食堂」に傍点][#「僕」の左に「ヲレ」の注記」]、Y屋で一杯やることはこのうへないたのしみだ。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□ウソをいふな、他人に対しても、自分に対しても。
 自分をゴマカすな、アマヤカすな。
□物を粗末にしないことはよいが、物惜しみするな、勿躰ないも卑しいからといふ諺にあてはまるやうではいけない。
□酔ふと、とかくおしやべりになる、つつしむべきことだ。
□かなしくても涙、うれしくても涙。
 よろこびにも酒、うれひにも酒。
 酒と涙とは人生の清涼剤か[#「酒と涙とは人生の清涼剤か」に傍点]!
[#ここで字下げ終わり]

 十二月廿二日[#「十二月廿二日」に二重傍線] 晴。

晴れてうつくしい朝、酒があつてうれしい朝。
午後ポストまで、米と石油とが重かつた、途上Jさんに出くわしてきまり[#「きまり」に傍点]のわるい思ひをした、自分のぐうたらな過去を恥ぢるばかりだつた。
うまい夕飯を食べた、よい月を眺めた、おとなしい一日であつた。

 十二月廿三日[#「十二月廿三日」に二重傍線] 曇――晴。

ゆつくり朝寝した、冬らしい寒さだ、これしきの寒さでも寒がり老人にはこたえるのだから情ない。
一杯機嫌で身辺を整理する。
今日の樹明君は忙しくて、そして鹿爪らしく構へてるだらう、義弟新婚の引受人だから、などゝ考へる。
午後、郵便局へ、ついでに床屋へ、それから湯屋へ寄つて、さつぱりして戻つた。
夜はやつぱりあまりよく睡れなかつた。……
[#ここから1字下げ]
天地間に偶然といふものはない[#「天地間に偶然といふものはない」に傍点]、と確信するやうになつた。
[#ここで字下げ終わり]

 十二月廿四日[#「十二月廿四日」に二重傍線] 晴。

曇つて冷える、なか/\寒い。
自分でも感心するほど身心が落ちついてきた、機縁が熟したといふ外ない。
しづかなよろこび、それは私の孤独な貧楽[#「私の孤独な貧楽」に傍点]だ。
暮れる前、駅まで出かけてY屋に寄る、ほどよく酔うて戻つて、あつさりお茶漬を食べて、すぐ寝た。
宵寝が覚めてから長い夜であつたが、よい月夜でもあつた。

 十二月廿五日[#「十二月廿五日」に二重傍線] 曇。

霜、氷、そして雪もよひ、今年の冬の最初の日といつたやうな冷たさだつた。
今日はなつかしい祖母の日。
彼女は不幸な女性であつた、私の祖母であり、そしてまた母でもあつた、母以上の母であつた、私は涙なしに彼女を想ふことは出来ないのである。
母の自殺(祖母の善良、父の軽薄、私の優柔)、――ここから私一家の不幸は初まつたのである。
[#ここから2字下げ]
我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋痴
従身口意之所生
一切我今皆懺悔

前へ 次へ
全14ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング