#ここで字下げ終わり]
ああ、一切我今皆懺悔、私はお位牌に額づいて涙するばかりである。……
寒い、寒い(あとで聞けば零度以下だつたさうな!)、何かあたゝかいものでも食べよう。そば粉でもかこうか。
昨日今日はクリスマスだ、なるほどな!
正午のサイレンが鳴つてから、火燵にもぐりこんでゐると、靴音、Kさんだ、クリスマスだから寒いから今晩一杯やらうといふ相談である(何の彼のと酒飲は酒を飲みたがる)、かういふ相談ならいつでもO K! 用意する材料もないが、それでも菜葉を切つたり、大根をおろしたり、――約を履んで、まづSさん来庵、つゞいてKさん来庵、酒はあるし下物はあるし、――いつしよに歩いてMへ、女、女、酒、酒、よかつたな、よかつたな!
ちやんと戻つて、御飯を食べて、ちやんと寝てゐた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□第三出発[#「第三出発」に傍点]――
第一、破産出郷
東京熊本時代へ
第二、出家得度
放浪流転時代へ
第三、老衰沈静[#「老衰沈静」に傍点]
小郡安住時代
(これからが、日本的[#「日本的」に傍点]、俳句的[#「俳句的」に傍点]、山頭火的時代[#「山頭火的時代」に傍点]といへるだらう)
□一つの存在[#「一つの存在」に傍点]――
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿六日[#「十二月廿六日」に二重傍線] 曇――晴。
昨夜の今朝だ、あるだけの酒を飲む。
ひとり唄ふ[#「ひとり唄ふ」に傍点]、踊つて一人[#「踊つて一人」に傍点]!
昨日の寒さにひきかへて今日の暖かさ。
午前、Kさん来庵、昨夜の会合の愉快だつたことなど話して、今日もまた飲まうといふ、それもよからう、何度でも忘年会をやつたつてかまはない。
午後、郵便局へ出かけたついでに入浴、冷酒の酔が一時に。
板敷で一寝入、途中また教会堂の縁側で一睡、いそいで戻ると、留守中にKさんが酩酊して来たと書き残してある、しまつた、すまなかつた。
晩飯だか夜食だか解らない御飯を食べて、火燵でうたた寝。
ふくろうが啼く、さびしい鳥のさびしい唄だ。
酔は時空を超越する[#「酔は時空を超越する」に傍点]、いや撥無する[#「いや撥無する」に傍点]、昼夜なく東西なく、酔境は展開する!
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□机上のみだれたるは心中のみだれたるなり。
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿七日[#「十二月廿七日」に二重傍線] 晴――曇。
霜、冷たいが快い、うらゝかな冬枯風景。
鶲が啼いてゐる、鵯も啼いてゐる。
身心いよ/\澄む[#「身心いよ/\澄む」に傍点]。
今日は酒なし、それもよからう。
午後、街へ出かけて買物少しばかり。
うまい晩飯だつた、鰯――それも塩鰯――と麦飯とはよく調和してゐる、農村生活らしい食卓だ。
宵は睡れなかつたが、明方からぐつすり睡れた、明るい月夜だつた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□感情の真実[#「感情の真実」に傍点](純化、深化、強化)
[#ここから3字下げ]
事象に囚はるゝ勿れ、景象の虜となる勿れ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□純粋俳句[#「純粋俳句」に傍点](俳句のための俳句[#「俳句のための俳句」に傍点])
[#ここから4字下げ]
動機の純粋。
題材の純粋。
表現の純粋。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□大衆化[#「大衆化」に傍点]とは通俗化にあらず、読者の多数を意味せず、各階級に読まれ味はゝれることなり、年齢、境遇、性情を超えて理解せられることなり。
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿八日[#「十二月廿八日」に二重傍線] 晴――曇。
今夜は霜月の満月だが。……
今日は役所は御用納め[#「御用納め」に傍点]、其中庵裡には御用の始めもなく、随つて納めもなし。
朝早くから畑打つ人々、家内惣出だ、その音には何ともいへないハーモニーがある。
めづらしく朝寝した、のんびりしたものだ、それからまた晴れて暖かい幸福を味はつた。
今日は郵便も来なかつた。
今日も酒なしか、――などと考へてゐるところへ、Kさん来訪、まだ酒があるから、樹明君を誘うて、もう一度(二度でも三度でも)忘年会を開かうといふ、大賛成で待ち受けてゐると、暮れないうちに、樹明君は魚の包を、Kさんは罎詰を持つて来庵、それからおもしろおかしく飲んで解散した、めでたやめでたや、善哉々々! 年も忘れたが、自分を忘れた、うれしいね、愉快だね。
樹明君何となく憔悴してゐる、数日間の気苦労と酒宴つづきのためだらう、気の毒でもあり癪にもさわる!
私は其中感月[#「其中感月」に傍点]でぐつすり寝た、明方近く覚めて句作。
暁の月はほんたうによかつた、この月を観よ[#「この月を観よ」に傍点]と叫びたかつた。
[#ここから1字下げ]
第五句集 柿の葉[#「柿の葉」に白三角傍点]
山頭火と緑平と澄太との三重奏
△山緑澄――山の緑は澄む[#「山の緑は澄む」に傍点]、と読めば読まれる。
(其中庵風景)
月から柿の葉ひらり 山
柿の葉おちこませてゐることか 緑
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿九日[#「十二月廿九日」に二重傍線] 晴、時雨。
今日はよつぽどぬくかつた。
晴雨共によろし、寒くさへなければ(私は暑さには強い)。
庵主は般若湯が好き、いつも赤い顔して赤字で苦しんでゐる、山頭火よ、と自から嘲り自から慰める。
天地人に対してすまない[#「天地人に対してすまない」に傍点]、といつも私は思ふ、思ふだけで、それを実現することは出来ないけれど、――今日も強くさう思つた。
いやな鴉の鳴声が気にかゝつて困つた。
緑平老から年忘れの一封を頂戴した、すみません、すみません。
うまい昼食であつたが、さびしい昼食でもあつた。
夕方、農学校へ行く、樹明君宿直、御馳走になつて、ラヂオを聴いたりなどして泊る。
ぐつすりとよく睡れた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□凝心[#「凝心」に傍点]もよいが放心[#「放心」に傍点]もわるくない、若い時は心を凝らして求めるがよろしく、年をとつてはぼんやりと充ち足りてゐる貌がよい[#「充ち足りてゐる貌がよい」に傍点]。
□完成と未完成、人生は完成への未完成[#「完成への未完成」に傍点]である、生死去来はその姿である。
[#ここで字下げ終わり]
十二月三十日[#「十二月三十日」に二重傍線] 晴。
日本晴だ、霜がうらゝかだつた。
今年もいよ/\押しつまつて、余すところ一日となつた、私は忙しくはないけれど、あまりノンキでもない、年の瀬はやつぱり年の瀬だ。
朝寝して、御飯をよばれて、何やかや貰つて、十時近く帰庵。
おちついてつつましく、読んだり炊いたり、考へたり歌つたり、歩いたり寝たりして。――
鰤のうまさ、うますぎる!(先日貰つた残り)
午後は曇つて憂欝になつてゐるところへ、樹明君来庵、すぐ酒屋へ魚屋へ、Jさんも加はつて、第三回忘年会[#「第三回忘年会」に傍点]を開催した、酒は二升ある、下物はおばやけ、くぢら、ユカイだつた、おとなしく解散して、ほんにぐつすり寝た。
十二月三十一日[#「十二月三十一日」に二重傍線] 曇。
雨、あたゝかな、おだやかな。
昭和十一年もいよ/\今日かぎりだ。
飲みすぎ食べすぎ。
大晦日だから身のまはり家のまはりを少しばかり片づける。
郵便が来ない。
街へ、湯屋へ出かける。
松、梅、竹、裏白、譲葉、……門松らしいものをこしらへて飾る。
夕方、樹明君来庵、例年の如く餅を頂戴する、有合の下物で飲む、――かうして、こゝで、年を送り年を迎へる、めでたしめでたし。
暮れてから湯田へ、千人湯に浸つてから一杯二杯三杯。……
[#ここから1字下げ]
掛取にも見離された節季!
[#ここで字下げ終わり]
底本:「山頭火全集 第七巻」春陽堂書店
1987(昭和62)年5月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
※「僕《ヲレ》の食堂[#「僕《ヲレ》の食堂」に傍点]」のルビ「ヲレ」は、底本では「僕」の左側にうたれています。傍点は右側にうたれています。
※「騒」と「騷」の混在は底本通りにしました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年9月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全14ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング