夜明けの虫声はしみじみとしたものだ。
もう茶の木が蕾を持つてゐる。
壺の薊の花――狂ひ咲――が開く。
しんねりむつつりの今日だつた、さびしいな。
夕の散歩、やつぱりさびしい。
蚊がめつきり減つた、それだけ風が冷やかになつた。
寝苦しかつた、月は風情ある夜であつたが。
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私は無用人、不用人だ、いはゞ社会の疣[#「社会の疣」に白丸傍点]でもあらう、冀くは毒にも薬にもならない、痛くも痒くもない存在でありたいものだ。
疣であれ[#「疣であれ」に傍点]、瘤になつてはいけない[#「瘤になつてはいけない」に傍点]。
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 九月七日[#「九月七日」に二重傍線] 晴、まつたく秋だ。

草刈爺さんがけさもまた来てくれた、憾むらくは彼にはデリカシーがない、青紫蘇も蓮芋も何もかも刈つてしまつた、いつぞや萩の早咲を刈つてしまつたやうに。
洗濯もする、すこしわびしいな。
日記整理。
樹明君から来信、彼は腹を立てない[#「腹を立てない」に傍点]人だ、時々近親からは腹を立てられる人だが(酔ふとだらしがないので)。
Nさんを訪ねる、土手の砂塵は嫌だつたが、青田風はよかつた、
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