いで、椹野川の六丁へ出かける、君の姿が見えない、私は釣竿しか持つてゐないから何うすることも出来ない、しばらく待つことにして、水を浴びたり句を拾ふたりする、もう帰らうと思つて土手を歩いてゐると、君が自転車でやつて来た、出水が多くて釣れないといふ、そのまゝ同行して橋袂の店で一休みする、そして別れた、別れる時に君から握飯を貰つた、焼魚も買つてくれた、面白いではないか、魚は釣らないで握飯を釣つたのである、いや、魚も釣つたが焼魚を釣つたのである! 樹明君、ほんたうにありがたう、ありがたう。
土手から摘んできた河原撫子を机上の壺に活ける、この花は見すぼらしいが、日本固有のよさがある、私の好きな花の一つだ。
夕方、日照雨一しきり、今年はとても天候不順で、梅雨季のやうな暑中だ、身のまはり――身そのものが黴だらけになる、まつたくやりきれない。
夜、くつわ虫がちよつと鳴いた。
踊大[#「大」に「マヽ」の注記]皷がをちこちで鳴る、そこのお寺でも早くから鳴つてゐる、見物しようかとも思つたが、年寄のおつくうで、蚊帳の中で聴く、唄声も聞える、更けるにしたがつて音が冴えてくる、踊もはづむらしい。
めづらしく半鐘が鳴
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