四月三十日」に二重傍線] 晴、曇、雨。
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空も曇れば私も曇る
雨か涙か――風が吹く
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昨日も今日も無言、誰にもあはない、あひたくない、終日終夜ぼう/\ばく/\。
夜中に樹明君が例の如く泥酔して来庵、しばらく寝て、そして帰つた。……
五月一日[#「五月一日」に二重傍線]
あゝ五月と微笑したい。
朝、九州の旅先の澄太君から来電、一時の汽車に迎へて共に帰庵、半日愉快に飲んだり話したりした、ほんたうに久しぶりだつた。
折から大村さんがお祭の御馳走を持つてきて下さつた、うれしかつた。
そして六時の汽車に送つて、理髪して入浴して散歩して、そしてさみしく戻つて寝た。
やつぱりひとりはさみしい[#「やつぱりひとりはさみしい」に傍点]。
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・こゝろ澄めば月草のほのかにひらく
・てふてふとまる花がある
・空へ若竹のなやみなし
・酔ひざめの水のうまさがあふれる青葉
・うしろすがたにネオンサインの更けてあかるく
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五月二日[#「五月二日」に二重傍線] 晴。
どうにもかうにもやりきれなくなつて、大田の敬君を訪ねる。……
酒、酒、酒。……
五月三日[#「五月三日」に二重傍線] 晴、まことに日本晴。
滞在、読書、散歩。
五月四日[#「五月四日」に二重傍線] 晴。
歩いて湯田へ、そして一浴して帰庵。
五月五日[#「五月五日」に二重傍線] 晴。
湯田へ(バス代湯銭がないから本を売つて!)。
五月六日[#「五月六日」に二重傍線] 曇。
身辺整理、整理しても整理しきれないものがある。
もう一度、行乞の旅に出なければなるまい。
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ぐうたら手記
□俳句は間違なく抒情詩である、あらねばならない。
□雑草風景、それは其中庵風景であり、そして山頭火風景[#「山頭火風景」に傍点]である。
風景が風光とならなければならない[#「風景が風光とならなければならない」に傍点]、音が声となり、かたちがすがたとなるやうに。
□禅宗の師家が全心全身を傾到[#「到」に「マヽ」の注記]して一箇半箇を打出する如く、私は私の一切を尽して、一句半句を打出したい、しないではゐられない、――これが私の唯一の念願であり覚悟である。
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五月七日[#「五月七日」に二重傍線]――五月廿三日[#「五月廿三日」に二重傍線]
生と死との間を彷徨した。
山口――三谷――萩――
長門峡の若葉も私を慰めることは出来なかつた、博覧会の賑やかさも私には何の楽しみでもなかつた。
一歩一歩が生死であつた[#「一歩一歩が生死であつた」に傍点]。
生きてゐたくない、死ぬるより外ないではないか。
白い薬が、逆巻く水が私の前にあるばかりだつた。
五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線]
あんたんとして横臥してゐるところへ、敬君が見舞に来てくれたが、私は応接することすら出来ないほど、重苦しい気分をどうすることも出来なかつた。
息詰るやうな雰囲気に堪へ切れないで敬君は街へ出かけていつた。
不眠徹夜。
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たんぽぽのちりこむばかり誰もこない
蛙げろ/\苗は伸びる水はあふれて
青葉をくぐつて雀がこどもを連れてきた
青葉の、真昼の、サイレンのながう鳴る
改作二句
・けふは飲める風かをるガソリンカーで(山口へ)
・草へ草がなんとなく春めいて
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五月廿五日[#「五月廿五日」に二重傍線]
敬君から態人が呼出の手紙を持つてきたが、とても出かけられるやうな身心ではない。
敬君よ、許して下さい。
今夜も不眠徹夜。
五月廿六日[#「五月廿六日」に二重傍線] 晴。
身心やゝ安静。
思ひ立つて、起き上つて、掃除、洗濯、等々。
樹明君が来てくれた、敬君脱線のことなど話してゐると、思ひがけなく黎々火君が来た、三人で一杯やる、友はうれしいな酒はうまいな。
黎君帰る、つゞいて樹君も帰る、私は袈裟を持ち出して、さらに飲んだ。
やりきれないのである、飲んでもやりきれないけれど、酒でも飲まずにはゐられないのである、そしてとうたう宿屋に泊つた。
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・山から山へ送電塔がもりあがるみどり
山の青さをたたへて水は澄みきつて
日ざかり萱の穂のひかれば
・のぼつたりさがつたり夕蜘蛛は一すぢの糸を
・酔ひざめの闇にして螢さまよふ
衣更
・ほころびを縫ふ糸のもつれること
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五月廿七日[#「五月廿七日」に二重傍線] 曇、そして雨。
海軍記念日、大旗小旗がへんぽんとしてうつくしい。
蝿が蝿を打たうとする手にとまる、――私はひとり微苦笑した。
たとへ一箇半箇でも、私は私の句を打出したい。
午後、ぼんやりしてゐると、樹明君が酒井さんと同道して来庵、間もなく酒と肴とが持ち来されたが、何となく誰も愉快になれなかつた、私はやたらに飲んで饒舌つた。
いつもより早く解散した、私は経本を持ち出して、飲み直さずにはゐられなかつた、そして酔ひつぶれて、いつもの宿屋へころげこんだのである。
ああ、ああ、ああ。
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改作
・ころり寝ころべば五月の空
・青葉の奥へ道がなくなれば墓地
・日向あたゝかく私がをれば蝿もをる
自問自答
・それもよからう草が咲いてゐる
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五月廿八日[#「五月廿八日」に二重傍線] 雨。
終日終夜、もだえるばかりだつた。
五月廿九日[#「五月廿九日」に二重傍線] 曇、晴れてくる。
好日、好日、緑平老の手紙が、Kの手紙が私を元気づけてくれた。
身辺整理。
夜はシネマ見物、そしておとなしく帰庵しておだやかな睡眠。
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ぐうたら手記
□エロストロゴスとの抱擁[#「エロストロゴスとの抱擁」に傍点]!
□無理をしないこと[#「無理をしないこと」に傍点]、これこれ!
□自由律俳句作者としての私には苦悶[#「苦悶」に傍点]はない、苦心[#「苦心」に傍点]はあるけれど。
□俳句は、私の俳句は悲鳴[#「悲鳴」に傍点]ぢやない、怒号[#「怒号」に傍点]ぢやない、欠伸[#「欠伸」に傍点]でもなければ溜息[#「溜息」に傍点]でもない、それはすこやかな呼吸[#「すこやかな呼吸」に傍点]である、おだやかな脉搏[#「おだやかな脉搏」に傍点]である。
[#ここで字下げ終わり]
五月三十日[#「五月三十日」に二重傍線] 晴。
めつきり暑うなつた、散歩したが物足らないので、酒を借り魚を料理して、樹明君の来庵を待ちくたぶれて、やうやく飲み合つた。
今夜も泥酔(最後の泥酔[#「最後の泥酔」に傍点]である)、そしてあてもなく彷徨して、いつもの宿で倒れた。
五月三十一日[#「五月三十一日」に二重傍線]
終日終夜、自己沈潜。
大道無門、千差有路、透得此関、乾坤独歩。
莫妄想、前後際断。
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自戒[#「自戒」は罫囲み]
酒について[#「酒について」は罫囲み]
酒は味ふべきものだ、うまい酒[#「うまい酒」に傍点]を飲むべきだ。
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一、焼酎(火酒類)を飲まないこと
一、冷酒を呷らないこと
一、適量として三合以上飲まないこと
一、落ちついてしづかに、温めた醇良酒を小さい酒盃で飲むこと
一、微酔で止めて泥酔を避けること
一、気持の良い酒であること、おのづから酔ふ酒であること
一、後に残るやうな酒を飲まないこと
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六月一日[#「六月一日」に二重傍線] 晴。
やうやくにして平静をとりもどした、山頭火が山頭火の山頭火[#「山頭火の山頭火」に傍点]にかへつたのである。
大山君から、益洲老師講話集「大道を行く」頂戴、さつそく読む。
本来無一物[#「本来無一物」に傍点]、その本心に随順せよ。
いよ/\ます/\句作道精進の覚悟[#「句作道精進の覚悟」に傍点]をかためる、この道を行くより外ない私である!
六月二日[#「六月二日」に二重傍線]
午前は山をあるく、山川草木そのまゝでみなよろし。
午後は来書の通りに樹明君来庵、酒と魚とを持参して、そしてほどよく酔うて話して寝て、こゝろよくさよなら、めでたし/\。
自己観照[#「自己観照」に傍点]、自己批判[#「自己批判」に傍点]。
無理のない生活[#「無理のない生活」に白三角傍点]、さういふ生活の根源は素直な心[#「素直な心」に傍点]である。
簡素、質実、感謝、充足、安心。
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・ゆふべしたしくゆらぎつつ咲く(月草)
・おみやげは酒とさかなとそして蝿(樹明君に)
・何を求める風の中ゆく
・若葉あかるい窓をひらいてほどよい食慾
青葉のむかうからうたうてくるは酒屋さん
風ふく竹ゆらぐ窓の明暗
風の夜の更けてゆく私も虫もぢつとして
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六月三日[#「六月三日」に二重傍線] 曇。
けさも早起。
午後は風雨が強くなつた、哀傷たへがたいものがある、……風雨を衝いて街へ出かける。
Fで樹明君に会して飲む、……それから泥酔してIに泊つた。……
六月四日[#「六月四日」に二重傍線] 晴。
やつぱり酒はよろしくないと思ふ、それがうまいだけそれだけよろしくないと思ふ。
散歩、上郷八幡宮の社殿で読書、帰途入浴、連日の憂欝が解消した。
六月五日[#「六月五日」に二重傍線] 曇。
旧の端午、追憶の鯉幟吹流しがへんぽんとして泳いでゐる。
今日も近郊散歩。
[#ここから2字下げ]
風がいちめんの雑草が合唱する
・つかれて風の雑草の雨となつた
・逢へるゆふべの水にそうてまがれば影
・あざみの花に日のさせばてふてふ
・狛犬の二つの表情を撫でる
・おもひでが風をおよぐ真鯉緋鯉が(故郷端午)
[#ここで字下げ終わり]
六月六日[#「六月六日」に二重傍線] 晴。
久しぶりにゆつくり朝寝した。
近在散歩、秋穂霊場参拝。
畑手入、今春は私の悪日[#「私の悪日」に傍点]がつづいたので、茄子も胡瓜もトマトも植ゑつけるほどの安静を持たなかつた。……
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ぐうたら手記
雑草雑感。
生命――心――言葉――詩
客観を掘りぬくと主観にぶつつかる、彼が我となるのである。
物――心、自然――自己
物にこだはらない、物からわずらはされない境地。
流動して停滞しない境地。
二二ヶ四の世界[#「二二ヶ四の世界」に傍点]!
[#ここで字下げ終わり]
六月七日[#「六月七日」に二重傍線] 曇、雨、そして晴。
最初の筍を見つけて食べる、歯が抜けて噛みしめることが出来ないから、ほんたうの味は味へないけれど、やつぱりうまい。
遠雷、何となく別れた人をなつかしがらせる、これもオイボレセンチの一端か。
飛行機が列をなして低空を通過する、あの爆音は嫌だけれどその姿は悪くない。
六月八日[#「六月八日」に二重傍線] 晴。
信州蕎麦粉を味ふ、蕎麦粉そのもののうまさもあるが、友情のあたたかさがうれしい。
飯がない、米がない、銭がない。――
山を歩く、山つつじがうつくしい。
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ぐうたら手記
□即時而真[#「即時而真」に傍点]、当相即道を体解[#「体解」に傍点]せよ。
□すなほなわがまま[#「すなほなわがまま」に傍点]!
□酒は(少くとも私には)自己忘却の水[#「自己忘却の水」に傍点]である、不眠の夜ふけて飲むアダリンのやうに!
□私は与へること[#「与へること」に傍点]が乏しい、だから受けること[#「受けること」に傍点]の乏しさで足りてゐなければならない。
□文芸作品の価値は二つに分けて観ることが出来る。
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一、作品そのものゝ価値(純文芸的[#「純文芸的」に傍点])
一、作品が時代へ働らきかけた価値(史的意義)
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この二つの価
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