其中日記
(八)
種田山頭火

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)休業《ヤスミ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二重四角、258−12]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぽか/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

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唐土の山の彼方にたつ雲は
  ここに焚く火の煙なりけり
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 一月一日[#「一月一日」に二重傍線]

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・雑草霽れてきた今日はお正月
・草へ元旦の馬を放していつた
・霽れて元日の水がたたへていつぱい
 けふは休業《ヤスミ》の犬が寝そべつてゐる元日
・椿おちてゐるあほげば咲いてゐる
・元日の藪椿ぽつちり赤く
・藪からひよいと日の丸をかかげてお正月
・お宮の梅のいちはやく咲いて一月一日
・空地があつて日が照つて正月のあそび
   湯田温泉
・お正月のあつい湯があふれます
   年頭所感
・噛みしめる五十四年の餅である
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   ぐうたら手記 覚書
□底光り[#「底光り」に傍点]、人間は作品は底光りするやうにならなければ駄目だ、拭きこまれたる、磨きあげられたる板座の光、その光を見よ。
□平凡の光[#「平凡の光」に傍点]、凡山凡水、凡山凡境、それでよろしい。
※[#二重四角、258−12]自然現象――生命現象――山頭火現象[#「山頭火現象」に傍点][#「――山頭火現象[#「山頭火現象」に傍点]」は底本では「――山頭火現[#「―山頭火現」に傍点]象」]。
※[#二重四角、258−13]自己のうちに自然を観るといふよりも、自然のうちに自己を観る[#「自然のうちに自己を観る」に傍点]のである(句作態度について)。
※[#二重四角、258−14]したい事をして[#「したい事をして」に傍点]、したくない事はしない[#「したくない事はしない」に傍点]――これが私の性情であり信条である、それを実現するために、私はかういふ生活にはいつた(はいらなければならなかつたのである)、そしてかういふ生活にはいつたからこそ、それを実現することが出来るのである、私は悔いない、恥ぢない、私は腹立てない、マ[#「マ」に「マヽ」の注記]ガママモノといはれても、ゼイタクモノといはれても。……
□自己の運命に忠実であれ[#「自己の運命に忠実であれ」に傍点]、山頭火は山頭火らしく。
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   清丸さんに
・こゝのあるじとならう水仙さいた
・こゝに舫うてお正月する舳をならべ
   坊ちやん万歳
・霜へちんぽこからいさましく
 霜晴れの梅がちらほらと人かげ
・耕やすほどに日がのぼり氷がとける
 足音、それはしたしい落葉鳴らして(友に)
・みんないんでしまへばとつぷりと暮れる冬木
・ふけてひとりの水のうまさを腹いつぱい
[#ここで字下げ終わり]

 一月十一日[#「一月十一日」に二重傍線] 晴、あたゝかい。

近頃の食物の甘さ――甘つたるさはどうだ、酒でも味噌でも醤油でもみんな甘い、甘くなければ売れないさうだが、人間が塩を離れて砂糖を喜ぶといふことは人間の堕落の一面をあらはしてゐると思ふが如何[#「人間が塩を離れて砂糖を喜ぶといふことは人間の堕落の一面をあらはしてゐると思ふが如何」に傍点]。
朝、浜松飛行隊へ入営出発の周二君を駅に見送る、周二君よ、幸福であれ。
前の菜畑のあるじから大根を貰ふ、切干にして置く、大根は日本的で大衆的な野菜の随一だ。
よい晩酌[#「よい晩酌」に傍点]、二合では足りないが三合では余ります。
うたゝね、宵月のうつくしさ。
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   周二君を送る三句
 落葉あたゝかう踏みならしつゝおわかれ
・おわかれの顔も山もカメラにおさめてしまつた
・おわかれの酒のんで枯草に寝ころんで
・甘いものも辛いものもあるだけたべてひとり
 枯草を焼く音の晴れてくる空
・枯木に鴉が、お正月もすみました
 送電塔が、枯れつくしたる草
 私の懐疑がけふも枯草の上
 時間、空間、この木ここに枯れた
[#ここで字下げ終わり]

 一月十二日[#「一月十二日」に二重傍線]

いつもより早く、六時のサイレンで起きる。
物忘れ[#「物忘れ」に傍点]、それは老人の特権かも知れない、私も物忘れしてはひとりで微苦笑する。
餅と酒とを買ふ、餅もうまいし酒もうまい。
酔うた、酔うたよ、二合の酒に。……
夜はさびしい風が吹きだした、風がいかにさびしいものであるかは孤独生活者がよく知つてゐる。
[#ここから2字下げ]
・雑草よこだはりなく私も生きてゐる
・しぐるゝや耕すやだまつて一人
   周二君を小郡駅に見送るプラットホームにて
 窓が人がみんなうごいてさようなら
[#ここで字下げ終わり]

 一月十三日[#「一月十三日」に二重傍線] 晴れて風吹く。

冷たくて「寒」らしい、冬は寒いのがほんたうだ。
酒と豆腐[#「酒と豆腐」に傍点]とがあつて幸福である。
樹明君来庵。
いつしよに出かけてSさんを訪ねる、御馳走になる、それから三人連れで歩く、コーヒー、ビフテキ、コリントゲーム、等、等、等。
ほどよく別れて帰庵。
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・家があれば菰あむ音のあたゝかな日ざし
・雑草ぽか/\せなかの太陽
・日向ぬく/\と鶏をむしつてゐる
 夕日のお地蔵さまの目鼻はつきり
 水に夕日のゆらめくかげは
[#ここで字下げ終わり]

 一月十四日[#「一月十四日」に二重傍線] 晴――曇――雨。

うれしいたより、これあるがゆえに私も生きてゆける。
昨夜の食べすぎ飲みすぎで今日一日苦しんだ、やつぱりつゝしむべきは口である。
つゝましく生活せよ、私の幸福はそこにある。

 一月十五日[#「一月十五日」に二重傍線] 雨、曇。

終日終夜、読書思索。
深夜の来庵者があつた、酔樹明君とI君、どこへいつても相手にされないのでやつてきたといふわけ、管を巻くことはやめにして寝てもらつた!

 一月十六日[#「一月十六日」に二重傍線] 曇、初雪。

早朝、樹明君がしほ/\としてかへつてゆく、酔つぱらつた人間もみじめだが、酔ひざめの人間はさらにみじめだ!
うれしいたより、井師から麻布の佃煮を頂戴した、さつそく昨夜の酒を燗して、雪見酒[#「雪見酒」に傍点]といふ贅沢さ、酒もうまかつたが、佃煮はとてもおいしかつた。
佃煮といふものは日本的情趣[#「日本的情趣」に傍点]がある。
近頃の私は飲むこと[#「飲むこと」に傍点]よりも食べること[#「食べること」に傍点]に傾いてゐる。
小米餅が見つかつたのでさつそく買つた、まづしい田園味[#「まづしい田園味」に傍点]だ。
久しぶりに入浴、しづかなるかな身も心も。
此頃は巻煙草よりも刻煙草が好きになつた、しかもなでしこ[#「なでしこ」に傍点]のどろくさいのが!
炬燵で読んだり考へたりしてゐるうちに、いつしか夜が明けてしまつた。……
[#ここから2字下げ]
・芽麦あたゝかなここにも家が建つ
・麦田うつ背の子が泣けば泣くままに
 暮れてひつそり雪あかり月あかり
・月がうらへかたむけば竹のかげ
・雪ふる食べる物もらうてもどる
   農村風景の一つ
・梅がさかりで入営旗へんぽんとしてひつそりとして
   悪友善友に
 わかれてひとり、空のどこかに冷たい眼
[#ここで字下げ終わり]

 一月十七日[#「一月十七日」に二重傍線] 雪がうつくしい、ふつてはきえる。

朝早くから今日も雪見酒、もつたいない仕合せである。
雪のふりしきる中を街のポストまで。
今日の買物は――餅、うどん、パン、いなり鮓!
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
   ぐうたら手記
□佃煮と老境と日本的なもの[#「日本的なもの」に傍点]。
□豚の生活、食べて、そして食べられるだけ!
□写生[#「写生」に傍点]――文字通りに――イノチヲウツス[#「イノチヲウツス」に傍点]。
□忌花の話[#「忌花の話」に傍点]。
※[#二重四角、265−2]何よりも不自然[#「不自然」に傍点]がよくない、いひかへれば生活に無理[#「無理」に傍点]があつてはいけない、無理があるから不快[#「不快」に傍点]があり、不安[#「不安」に傍点]があるのである。
□買ひかぶられるきまりのわるさよりも、見下げられる安らかさ。
※[#二重四角、265−5]将棋の名手は含み[#「含み」に傍点]といふことをいふ、一手は百手二百手を含んでゐるのである、また、千石二千石の水からしたゝる一滴[#「一滴」に傍点]は力強いものを持つてゐる、そのやうに一句は全生活全人格からにじみでたもの[#「一句は全生活全人格からにじみでたもの」に傍点]でなければならない。
※[#二重四角、265−8]私の一句一句は私の一歩一歩である、一句は一歩踏みゆく表現である。
[#ここで字下げ終わり]

 一月十八日[#「一月十八日」に二重傍線] 晴、ちらほら小雪がふつて冷たい。

あれば食べすぎる下司根性[#「下司根性」に傍点]が恥づかしい! どうやら餅を食べすぎたらしいので今日はパン。
呪はれた枇杷の木、それがいつのまにやら枯れた! さびしい。
夜を徹して句作推敲……。
明日は入営の別宴の唄声がおそくまできこえた。
[#ここから2字下げ]
・雪もよひ雪となつた変電所の直角形(改作)
・おもひでがそれからそれへ晩酌一本
・雪あかりのしづけさの誰もこないでよろしい
   子をおもふ
・わかれて遠いおもかげが冴えかへる月あかり
・あの人も死んださうな、ふるさとの寒空
・あすは入営の挨拶してまはる椿が赤い
・おわかれの声張りあげてうたふ寒空
・ひつそり暮らせばみそさざい
・ぬけた歯を投げたところが冬草
[#ここで字下げ終わり]

 一月十九日[#「一月十九日」に二重傍線] 雪へ雪ふる寒さ、「寒」も変態的から本格的となつた。

今日が一番冬らしい冷たさだつた、吹く風もまさに凩。
午後、急に思ひ立つて防府へ行く、運悪くも逢ひたい人に逢へず、果したい用事も果さなかつた、たゞ宮市――生れ故郷[#「生れ故郷」に傍点]の土を踏んでライスカレーを食べて帰つた。
非常に労れた、私はぢつとして余生[#「余生」に傍点]を終る私でしかないことが解つた。
ぐつすり寝た、熟睡のありがたさ[#「熟睡のありがたさ」に傍点]、それは近頃にないうれしいめぐみだつた。

 一月二十日[#「一月二十日」に二重傍線] 晴、四五日来の暗雲[#「暗雲」に傍点]がすつかり消えた。

今日はDさんSさんKさんが来庵する日である、何はなくとも火をおこし、炬燵をぬくめておかう。
友あり……と庵主の心境である。
三寒四温[#「三寒四温」に傍点]といふ、その一温といふお天気である。
街のポストまで出かけて、ついでに豆腐を買うてくる。
餅粥[#「餅粥」に傍点]はうまいな。
……Dさんはとう/\来なかつた、SさんもKさんも来なかつた、……私は待つてはゐたけれどアテにはしてゐない[#「私は待つてはゐたけれどアテにはしてゐない」に傍点](アテにしてゐるとアテがはづれたとき腹が立つ)。
来者不拒、去者不追、私は私一人で足るだけの生活情調[#「生活情調」に傍点]を持つてゐる。
今夜もようねむれるこころよさ。
[#ここから2字下げ]
・明けてくる物みな澄んで時計ちくたく
・はなれたかげはをとことをなごの寒い月あかり
・けさの雪へ最初の足あとつけて郵便やさん
・とぼ/\もどる凩のみちがまつすぐ
 ここに家してお正月の南天あかし
 たまたま落葉ふむ音がすれば鮮人の屑買ひ
   緑平老の愛犬ネロが行方不明となつたと知らされて二句
・冬空のどちらへいつてしまつたか
・犬も[#「犬も」に「ネロも」の注記]ゐなくなつた夫婦ぎりの冬夜のラヂオ
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿一日[#「一月廿一日」に二重傍
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