線] 曇、時雨、晴。

目白の群がおとなしく椿の花に遊んでゐる。
――あるけない、のめない、うたへない、をどれない私自身を見出すばかりだつた、――ひとりしづかに、たべて、読んで考へて、作る外ない私自身を見出すばかりだつた。――
完全に遊興気分[#「遊興気分」に傍点]から脱却した、アルコールを揚棄すること[#「アルコールを揚棄すること」に傍点]が出来た、――味はひ楽しむ時代[#「味はひ楽しむ時代」に傍点]が来たのだ。
山頭火は其中庵に[#「山頭火は其中庵に」に傍点]、其中庵の山頭火だ[#「其中庵の山頭火だ」に傍点]。
ねた、ねた、十三時間ねた。……
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・しぐれつつうつくしい草が身のまはり
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿二日[#「一月廿二日」に二重傍線] 晴、身心一新、おだやかな日。

終日終夜読書。

 一月廿三日[#「一月廿三日」に二重傍線] 白がいがいの雪景色。

長らくなまけてゐた、けふからいよいよ勉強する。
雪へ雪のかゞやき、清浄かぎりなし。
庵中独臥、読書三昧。
今日もおだやかな一日だつた、日々好日の境地へはまだ達してゐないけれど、日々が悪日でない境涯[#「日々が悪日でない境涯」に傍点]ではあると思ふ。
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・雪のしたゝる水くんできてけふのお粥
・春の雪ふる草のいよいよしづか
・わらや雪とくる音のいちにち
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿四日[#「一月廿四日」に二重傍線] 晴、寒、曇。

三日ぶりに街へ出かけた(人と話したも三日ぶり)、そして酒と米と餅と豆腐とを買うてきた。
雪がふれば雪見酒、酒がなければ読書、炬燵と餅とはいつでもある、――これが私の冬ごもり情調だ。
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・寒[#(ン)]空のとゞろけばとほくより飛行機
・爆音、まつしぐらに凩をついて一機
・飛行機がとんできていつて冴えかへる空
・けふもよい日の、こごめ餅こんがりふくれた
   戯作一首
世の中に餅ほどうまいものはない
  すいもあまいも噛みしめる味
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿五日[#「一月廿五日」に二重傍線] 霜晴れ、のどかな日かげ。

午前、街へ出かけて、払へるだけ払ひ、買へる物だけ買ふ。
午後、また出かけて駅までゆく、いろ/\の用事を思ひだして山口へ、そして鈴木さんを訪ねる、頼む事は頼んで、御馳走を頂戴した、帰途湯田で入浴、温泉にひたつてゐる心持は徃生安楽国だ!
帰庵したのは十時だつた、労れた、々々々。
留守中に来客があつた、酒と肴を持つて来て、そして飲んでも食べても待ちきれなかつたらしい、――彼は樹明君でなければならない、――机上のノートには何のかのと書き残してあつた。
私は此頃めつきり衰弱して、半病人の生活[#「半病人の生活」に傍点]をしてゐる、そしてさういふ生活が私をしてほんたうの私[#「ほんたうの私」に傍点]たらしめてくれる!
[#ここから2字下げ]
・かあとなけばかあとこたへて小春日のからすども
・夜あけの風のしづもればつもつてゐる雪
・見あげて飛行機のゆくへの見えなくなるまで
 たたへて凍つてゐる雲かげ
・あたたかなれば木かげ人かげ
・枯草へ煙のかげの濃くうすく
・わかいめをとでならんでできる麦ふむ仕事
・竹の葉のいちはやく音たてて霰
   改作二句
・木枯は鳴りつのる変電所の直角線
・しんみりする日の、草のかげ
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿六日[#「一月廿六日」に二重傍線] 雪もよひ、小雪ちらほら。

酒があるから酒を飲む、朝酒はうまい。
青海苔の風味[#「青海苔の風味」に傍点]をよろこぶ。
午後、樹明徃訪、そして来訪、あつさり飲んでめでたく別れる、――人生はうすみどり[#「うすみどり」に傍点]こそよけれ、だ。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
   ぐうたら手記
□自然と自我との一如境、無為安楽[#「無為安楽」に傍点]の老境。
□自己省察――自己精進――自己超克[#「自己超克」に傍点]。
□酒は高い、本は安い、酔うて軽く持つて重い、酒はうまくて本はおもしろいことはあまりに明白。
□あかるい、あたゝかい日ざし、それを浴びて味うてゐるだけでも、生きてゐることの幸福を感じる。
□雑草の心[#「雑草の心」に傍点]、それを私はうたひたい。
□個性と自我[#「個性と自我」に傍点]、個性は全のあらはれとしての個、自我は我慾の結晶、芸術に於て、個性は表現されなければならないが、自我に執着してはならない。
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿七日[#「一月廿七日」に二重傍線] 晴、そして曇。

……待つてゐる[#「待つてゐる」に傍点]……何を……待つてゐる……まづ郵便[#「郵便」に傍点]を……そして……友人を。……
偉大一升借りる、鰯十尾買ふ。
午後、樹明君約をふんで来庵、お土産は餅、ボタ餅がないのが残念だつたが。
気持よく飲んで酔うて、さよなら。
今日、駅のポストまで出かけたついでに、ライスカレーを食べた、O食堂のそれは肉めし程度、さらにK食堂のそれはうまかつた、とにかく私は私の胃袋[#「私の胃袋」に傍点]に祝福をさゝげます!

 一月廿八日[#「一月廿八日」に二重傍線] 晴れてあたゝか、すこし歩く。

畑仕事、すぐ労れてダメ、情ないかな。
ようねむれることは何よりのよろこびだ。

 一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線] 曇、冷たい、小雪ちらつく。

たよりいろ/\、うれしいうれしい。
寒い、鯖のさしみで一杯。
ちかごろの私の句作傾向はわるくないと思ふ、一日一句[#「一日一句」に傍点]でたくさんだ、その一句を磨いて磨いて磨きあげるのである、そこに私の性格があり生活があると思ふ。
[#ここから1字下げ]
   私の生き方[#「私の生き方」に白四角傍点]――(附、郵便貯金の事)
私は私が不生産的であり、隠遁的であることこと[#「こと」に「マヽ」の注記]のために苦しみ悩んでゐた、そしてやうやくかういふ信念に落ちつくことが出来た――
行動[#「行動」に傍点]といふことは必ずしも直接的[#「直接的」に傍点]であることに限らないと思ふ、性格的に間接的[#「間接的」に傍点]にしか行動し得ない私は、私自身をして、私の周囲をして、なごやかな存在[#「なごやかな存在」に傍点]とし、なぐさめの場所[#「なぐさめの場所」に傍点]として荘厳し提供する、それが私の生活の意義である、と私は考へる。
私は今日から郵便貯金[#「郵便貯金」に傍点]を始めた、一日十銭を節約するのである(バツトをなでしこに、酒三合を二合にといふ風に)、そしてそれは私の死骸かたづけ代[#「死骸かたづけ代」に傍点]となるのである。
省みて疚しくない生活、俯仰天地人に恥ぢない生活、嘘のない生活、秘密のない生活、――無理のない生活、悔のない生活、――私自身の生活。
[#ここで字下げ終わり]

 一月三十日[#「一月三十日」に二重傍線] 曇、霙、そして朝酒!

ちよつと街へ、――理髪入浴。
今日はからだのぐあいがよつぽどよかつた。
身も心も欲しがる酒[#「身も心も欲しがる酒」に傍点]、さういふ酒だけ飲むべし。

 一月三十一日[#「一月三十一日」に二重傍線] 晴曇、ずゐぶん冷たい。

明方やつと眠りついたと思つたら、恋猫のために眼覚めさせられた、いがみあひつゝ愛し、愛しあひつゝいがむのが、彼等の此頃の仕事だ、どうすることもできない本能だ[#「どうすることもできない本能だ」に傍点]。
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   旧正月まへ
・こゝろたのしくてそこらで餅をつく音も
・更けてひとり焼く餅の音たててはふくれる
・みぞれする草屋根のしたしさは
 霜晴れの、むくむくと土をむぐらもち
 ふるつくふうふういつまでうたふ
   改作
 ほつと夕日のとゞくところで赤い草の実
[#ここで字下げ終わり]

 二月朔日[#「二月朔日」に二重傍線] 晴。

もう二月になつた。……
ぶら/\歩いて、酒と魚とを買うて戻つた。
何となく腹工合が悪い、嫌な夢を見た。
今日は一句もなかつた、それでよろしい。

 二月二日[#「二月二日」に二重傍線] 曇、ばら/\雨。

緑平老からの手紙まことにありがたし。
梅の花ざかり、そこらを歩くとほのかに匂ふ、椿の花も咲きつゞけてうつくしい。
樹明君に招かれて、夕方から学校の宿直室へ出かける、酒と飯とをよばれる、すこし飲みすぎて心臓にこたえて苦しんだが、しばらくして快くなつた、とうとう泊つた、しかし一睡も出来なかつた、勝太郎の唄をラヂオを聴いた、いろ/\の雑誌を読みちらした。
睡れないなら睡れるまで睡らないでよろしい。
[#ここから2字下げ]
 高声は山ゆきすがたの着ぶくれてゐる
 寒い朝の、小鳥が食べる実が赤い
 曲ると近道は墓場で冷たい風
・寒い裏から流れでる水のちりあくた
・南無地蔵尊冴えかへる星をいたゞきたまふ
・恋猫が、火の番が、それから夜あけの葉が鳴る
 雪でもふりさうな、山の鴉も寒さうな声で
[#ここで字下げ終わり]

 二月三日[#「二月三日」に二重傍線] 曇、雪もよひ、寒い冷たい、時雨。

暗いうちに昨夜食べ残した御飯を食べて帰庵、すぐ炬燵をあたゝかくして読書。
まだ徹夜なら一夜二夜は平気だ、御飯も二三杯、餅なら五つ六つは何の事はない(酒は三合飲むと飲みすぎて苦しくなるが)。
私としては出来るだけの御馳走をこしらへて、来庵するといふ樹明君を待つ。……
今日読んだものの中に、渇魚、渇地獄、渇極楽といふ言葉があつた、味ふべき言葉だと思つた、地獄の底の極楽を泳ぐ魚[#「地獄の底の極楽を泳ぐ魚」に傍点](魚にあつては地獄であらう、人間に釣りあげられるから)。
樹明来、さつそく飲む、下物は焼小鯛、玉葱のぬた、黒[#「黒」に「マヽ」の注記]布の佃煮、いづれも庵独特の手料理。
急用ができて樹明君は早々帰つて行つた、奥さんがわざ/\迎へに来られたので何とも致し方がない。
夜、冬村君が約束通りに餅をたくさん持つてきてくれた、ありがたい、此頃の私は酒を貰ふよりも、銭を貰ふよりも、餅を貰ふことがうれしい、それほど私は餅好きになり、餅ばかりたべてゐるのである、近くまた樹明君も持つてきてくれるといふ、うれしいな!
※[#二重四角、277−14]飯の味[#「飯の味」に傍点]、酒の味[#「酒の味」に傍点]、水の味[#「水の味」に傍点]、そして餅の味[#「餅の味」に傍点]、つぎは茶の味[#「茶の味」に傍点]か。……
[#ここから2字下げ]
・ひとりであたゝかく餅ばかり食べてゐる
・足音が来てそのまゝ去つてしまつた落葉
・今日のをはりのサイレンのリズムで
・けふも雪もよひの、こんなに餅をもらうてゐる
・星空冴えてくる寒行の大[#「大」に「マヽ」の注記]鼓うちだした
[#ここで字下げ終わり]

 二月四日[#「二月四日」に二重傍線] 晴、時々曇。

旧のお正月、節分でもある、私はいつもお正月だ!
終日籠居、睡くなればうたゝ寝、覚めては読書。
独り者は独り言をいふ[#「独り者は独り言をいふ」に傍点]、これも表現本能のあらはれであらう。
[#ここから3字下げ]
落葉ふんで豆腐やさんがきたので豆腐を(改作)
[#ここで字下げ終わり]

 二月五日[#「二月五日」に二重傍線] 曇、霜、氷、雨。

朝は餅粥[#「餅粥」に傍点]、餅と米と大根とが渾然としてうまさ[#「うまさ」に傍点]そのものとなる。……
午前中はとても寒かつたが、午後はあたゝかい、むしろぬくすぎる雨となつた。
[#ここから2字下げ]
・霜枯れの菜葉畑も春がうごいてゐる雨
・ここでもそこでも筵織る音のあたゝかい雨
[#ここで字下げ終わり]

 二月六日[#「二月六日」に二重傍線] 晴、小雪ちらりほらり。

独を慎しむ[#「独を慎しむ」に傍点]――独を楽しむ[#「独を楽しむ」に傍点]――これが今日此頃の私の生活気分[#「生活気分」に傍点]である。
[#ここから2字下げ]
・霽れそめて雫する葉のあたゝかな
・あすもよい日の星がまたゝく
・やうやく見つけた蕗のとう
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