こして泊つた、……今夜はまことに、のむ、うたふ、をどる、めでたし/\だつた。
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   ぐうたら手記
□感覚なくして芸術は生れない、同時に感覚だけでは芸術は生れない、感覚に奥在する something. それが芸術のほんたうの母胎[#「ほんたうの母胎」に傍点][#「芸術のほんたうの母胎[#「ほんたうの母胎」に傍点]」は底本では「芸術のほんたうの母[#「のほんたうの母」に傍点]胎」]である。
 芸術――俳句芸術は作者その人、人間そのもの[#「人間そのもの」に傍点]である、あらねばならない。
□人生のための芸術――芸術のための芸術。
 俳句のための俳句制作[#「俳句のための俳句制作」に傍点](仏道のための仏道修行のやうに)。
 心境――境涯――人格的表現。
 芸――道――生命。
 如々として遊ぶ[#「如々として遊ぶ」に傍点]。
□私は雑草を愛する、雑草をうたふ。
 第四句集の題名は雑草風景[#「雑草風景」に白三角傍点]としたい。
 雑草風景は雑草風景である。私は雑草のやうな人間[#「雑草のやうな人間」に傍点]である。
 雑草が私に、私が雑草に、私と雑草とは一如である。
[#ここで字下げ終わり]

 四月六日[#「四月六日」に二重傍線] 曇。

暗いうちに朝がへり、そして朝酒。
公明正大であつた(かへりみて恥づかしくないこともないけれど、許して頂戴!)。
身辺整理。
放下着、放下着。
入浴するのも旅をするのも一つの放下着だらう。
忘れるといふことは[#「忘れるといふことは」に傍点]、たしかに放下着の或る段階だ[#「たしかに放下着の或る段階だ」に傍点]。
今日は黎々火君が来てくれる日である、何もないからほうれん草を摘んで洗ひあげておく、待ちかねて、やうやく暮れるころになつて来てくれた、お土産はうるか一壺とさくら餅一包、さつそく大好物のうるかを賞味する、鮎の貴族的な香気が何ともいへない高雅なものをたゞよはせる。
おそくまで話しつゞける、子のやうな彼と親のやうな私、そして俳句の道を連れだつてすゝむ二人の間には、たゞあたゝかいしたしみがあるばかりである。
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   ぐうたら手記
□人生の黄昏[#「人生の黄昏」に傍点]!
□性慾のなくなつた生活[#「性慾のなくなつた生活」に傍点]は太陽を失つた風景のやうなものだらう。
□苦しいから生きてゐるのかも知れない、なやみがあるから生甲斐を感じるのかも知れない。
□いのちはうごく[#「いのちはうごく」に傍点]、そのうごきをうたはなければならない。
□雑草! 私は雑草をうたふ、雑草のなかにうごく私の生命、私のなかにうごく雑草の生命をうたふのである。
 雑草を雑草としてうたふ[#「雑草を雑草としてうたふ」に傍点]、それでよいのである、それだけで足りてゐるのである。
 雑草の意義とか価値とか、さういふものを、私の句を通して味解するとしないとはあなたの自由である、あらねばならない。
 私はたゞ雑草をうたふのである。
[#ここで字下げ終わり]

 四月七日[#「四月七日」に二重傍線] とてもよいお天気、しかし寒い々々。

水をくんでおいて帰る黎々火君よ。
鶯が、四十雀がほがらかに啼く。
黎々火君は八時の汽車で帰つていつた、別れて一人となるとひとしほうすら寒い、山の鴉が出てきてさわぐのも何となくうらさびしい。
今日は今年の花見の書入日第一の日曜だらう。
私にしてもぢつとしてをれない日だ。
どこといふあてもなく歩いた。
我人ともになつかしい。
さくら、さくら、酒、酒、うた、うた。
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・あてなくあるくてふてふあとになりさきになり
・芽ぶくものそのなかによこたけ[#「け」に「マヽ」の注記]る
・山のひなたの、つつましく芽ぶいてゐる
・水音の暮れてゆく山ざくらちる
・さくら二三本でそこで踊つてゐる
 白い蝶が黄ろい蝶が春風しゆうしゆう
 さくらちる暮れてもかへらない連中に
 花見べんたうほろつと歯がぬけた
[#ここで字下げ終わり]

 四月八日[#「四月八日」に二重傍線] 雨。

花まつりを行ふ地方はあやにくの雨で困つたらう、私は宿屋でゆつくり雨を味つた。
どうもからだのぐあいがあたりまへでない、むろんあたまのぐあいもよくないが。
夕方から、樹明君によばれて学校の宿直室へ出かける。
よい酒をよばれて、そのまゝ泊めて貰つた。
悔いのない酒[#「悔いのない酒」に傍点]、さういふ酒でなければならない。

 四月九日[#「四月九日」に二重傍線] 曇、雨、早朝帰庵。

身辺整理、捨てゝも捨てゝも捨てきれないものが、いつとなくたまつてくる。……
終日読書。
やつと一関透過[#「やつと一関透過」に傍点]、むつかしい一関だつた[#「むつかしい一関だつた」に傍点]、まことに白雲悠々の境地である。
更けて遠く蛙の声。
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・草に寝ころんで雲なし
・この山の木も石も私をよう知つてゐる
 雨の小鳥がきては啼きます
・身にちかく山の鴉がきては啼きます
・春風の楢の葉のすつかり落ちた
・穴から蛇もうつくしい肌をひなたに
・ひとりで食べる湯豆腐うごく
・さくら咲いて、なるほど日本の春で
・晴れてさくらのちるあたり三味の鳴る方へ
[#ここで字下げ終わり]

 四月十日[#「四月十日」に二重傍線] 雨、しと/\とふる春雨である。

買ひかぶられて苦しい[#「買ひかぶられて苦しい」に傍点]、どうぞ私を買ひかぶつて下さるな[#「下さるな」に傍点]。
大樹の下に[#「大樹の下に」に傍点]を読む、小野さんといふ著者のあたゝかい、やはらかい人柄がよく解る、情趣の人[#「情趣の人」に傍点]である。
大空放哉伝[#「大空放哉伝」に傍点]を読む、放哉坊はよい師友を持つてゐてありがたいことである。
夜、酒を提げて、樹明君とI君と来庵、二人は酔うて唄つたり踊つたりする、しかし私は酔へない、しやべれない、どうして唄へるものか、踊れるものか、気の毒だけれど、早く帰つてもらつて寝た。
[#ここから2字下げ]
・人声のちかづいてくる木の芽あかるく
 雑草風景、世の中がむつかしくなる話
・花ぐもりの飛行機の爆音
・なんだかうれしく小鳥しきりにきてなく日
・さえづりかはしつつ籠のうちとそと
 おほらかに行くさくら散る
・ここから公園の、お地蔵さまへもさくら一枝
   黎々火君に
 なつかしい顔が若さを持つてきた
[#ここで字下げ終わり]

 四月十一日[#「四月十一日」に二重傍線] 曇、身心すぐれず。

しようことなしにポストまで、そして米と油とを買うて戻つた。
無味無臭、無色透明の世界に住みたい。
水、餅、豆腐、飯。……

 四月十二日[#「四月十二日」に二重傍線] 晴、なか/\寒い。

私を救ふものは涙よりも汗、汗も流さないから堕落するのだ。
いやな風が吹く、風にはたへられない私だ。
[#ここから2字下げ]
・新菊もほうれん草も咲くままに
・草が芽ぶいて来てくれて悪友善友
・枇杷が枯れて枇杷が生えてひとりぐらしも
・いちにちすわつて風のながれるを
・暮れるとすこし肌寒いさくらほろほろ
・椿を垣にして咲かせて金持らしく
   庵中無一物
 酔うて戻つてさて寝るばかり
[#ここで字下げ終わり]

 四月十三日[#「四月十三日」に二重傍線] 好晴。

久しぶりに、ほんたうに久しぶりに畑仕事、土を耕やし、草をぬき捨て、大小便をかけて、いつでも胡瓜や茄子やトマトや大根や、植えられるやうにして置く。
酒はあるけれど飲まなかつた[#「酒はあるけれど飲まなかつた」に傍点]、飲みたいのを飲まないのではない、飲みたくないから飲まなかつたのである、私は昨日までしば/\飲みたくない酒[#「飲みたくない酒」に傍点]を飲んだ、酔ひたいために飲んだのである、むろんにがい酒[#「にがい酒」に傍点]だつた、身も心もみだれる酒だつた。……
過去一年間の悪行乱行が絵巻物のやうに、フイルムのやうに展開する、――それは破戒無慚な日夜だつた。……
私は何故死なゝかつたか、昨春、飯田で死んでしまつたら、とさへ度々考へた。……
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我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋痴
従身口意之所生
一切我今皆懺悔
[#ここで字下げ終わり]
一切我今皆懺悔、そして私は新らしい第一歩[#「新らしい第一歩」に白三角傍点]を踏み出さなければならない。――
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・山から白い花を机に
・春寒い夢のなかで逢うたり別れたりして
・ひつそりさいてちります
・機音とんとん桜ちる
・さくらちるビラをまく
・とほく蛙のなく夜半の自分をかへりみる
・けふもよい日のよい火をたいて(澄太君に)
・伸びるより咲いてゐる
   黎々火君に
 わかれしなの椿の花は一輪ざしに
・おくつてかへれば鴉がきてゐた
[#ここで字下げ終わり]

 四月十四日[#「四月十四日」に二重傍線] 曇、また雨となり風が出た。

身心寂静。
ひとりしづかに自分を見詰めてゐるところへ、風雨の中を酒が来た、しばらくして樹明君とSさんとがやつてきた、ニベと胡瓜とを持つて。
まづ樹明君が酔ふ、Sさんも、酔ふたらしい、私は酔へない、酔ひたくない、ほどよく別れて、寝床に入つたが、どうしてもねむれない、起きてまた飲んで、そしてお茶漬を食べた、おかげでぐつすりねむれた。
[#ここから2字下げ]
・藪かげ藪蘭の咲いて春風
・空へ積みあげる曇り
・雨が風となり風のながるゝを
・水音ちかくとほく晴れてくる木の芽
・みんな咲いてゐる葱もたんぽぽも
・なんでもかんでも拾うてあるく蛙なく(鮮人屑ひろひ)
・もう葉ざくらとなり機関車のけむり
・うどん一杯、青麦を走る汽車風景で
・風がつよすぎる生れたばかりのとんぼ
・山ふところわく水のあればまいまい
[#ここで字下げ終わり]

 四月十五日[#「四月十五日」に二重傍線] 曇、めつきりぬくうなつた。

去年の今日[#「去年の今日」に傍点]をおもふ、飯田で病みついた日である、死生の境[#「死生の境」に傍点]を彷徨しだした今日である。
アルコールの誘惑[#「アルコールの誘惑」に傍点]! その誘惑からのがれなければならない、いや、アルコールに誘惑されないほどの、不動平静の身心を練りあげなければならない。
アルコールの誘惑と酒のうまさ[#「酒のうまさ」に傍点]とは別々である。
柿の芽がうつくしい、燕の身軽さよ。
いや/\ながら街へゆく(この事実でも私の衰弱を証明する、一日三度も街へ出かけた私ではなかつたか)、出さなければならない手紙もあるし、石油もなくなつたし、塩すらもなくなつてゐるから、――米もなくなつてゐるけれど、買ふだけの銭がないので、今日はそば粉か何かですます(これは断じて貧乏ではない)。
塩ほど必要でそして安価なものはない、同時に、酒ほど贅沢で高価なものはない、といへる。
腹は酒でいつぱいになつた、しかも酔へない、何といふ罰あたり[#「罰あたり」に傍点]だらう、悲惨だらう。
しづかに飲む、おのづから酔ふ、山は青くして水の音、鳥が啼きます、花が散ります、あああ。
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   ぐうたら手記
□生活感情、生活リズム[#「生活リズム」に傍点]、生活気分。
□俳句であるといふ以上は俳句の制約[#「俳句の制約」に傍点]を守らなければならない。
□俳句性とは――
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単純化[#「単純化」に傍点]
     直観[#「直観」に傍点]   冴え――凄さ。
求心的[#「求心的」に傍点]
[#ここから4字下げ]
生活感情┐
社会感情├リズム
時代感情┘
[#ここで字下げ終わり]

 四月十六日[#「四月十六日」に二重傍線] 曇、后晴。

酒があるから酒を飲んだ、飯はないから食べなかつた、明々朗々である。
たより、それ/″\にありがたし、一つのたよりには一つの性格がある、人生がある。
やつと米が買へた、米がないことはほんたうに情ない。
十何日ぶりに入浴髯剃、さつぱりがつかりした。
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