帰庵、帰庵して酒があることは、ほんたうにうれしい。
バス風景――
[#ここから2字下げ]
とても愉快な女中さん
いやな釣人どうし
[#ここで字下げ終わり]
シヨウガ四つで一銭とは! おばあさん、すみませんね。
天たかく地ひろし、秋、秋、秋。
まさに萩の花ざかり。
今日は郵便が来ない、Kからいつもくる手紙が来ないので、何となく不安な気がする。……
やつと駅のポストまで出かけて、すぐ戻つた。
読書三昧。
[#ここから1字下げ]
   其中漫筆
……おもひわずらふところさらになし。……
私の山羊髯[#「私の山羊髯」に傍点]。
[#ここから2字下げ]
・たえずゆれつつ葦の花さく
・水音の流れゆく秋のいろ
・青草ひろく牛をあそばせあそんでゐる
・となも[#「なも」に「マヽ」の注記]お留守で胡麻の実はじける
・鉄鉢の秋蝿を連れあるく
・秋暑い鉄鉢で、お米がいつぱい
   おでんや
・更けると食堂の、虫のなくテーブル
・秋はうれしい朝の山山
[#ここで字下げ終わり]

 九月三十日[#「九月三十日」に二重傍線] 日本晴、時々曇つたり降つたりしたけれど。

身辺整理。
けふも郵便が来ない、山の鴉が庵をめぐつて啼きさわぐ、何だか気になる、何となく憂欝になる。
待つもの――手紙――は来ないで、待たない人――掛取――が来た、とかく世の中はかうしたもの!
宵からグウグウ(ランプに油もないので)、夜中に眼がさめて、鼠の悪趣味――どこかをたゞかぢる音――を聞いた。
[#ここから2字下げ]
・干しならべておもひでの衣裳が赤く青く
 山からけふは街の人ごみにまじらう
・地べたとぶてふてふとなり秋風
・誰かやつてくる足音が落葉
・秋のゆふべのほどよう燃えるほのほ
[#ここで字下げ終わり]

 十月一日[#「十月一日」に二重傍線] 晴。

国勢調査日、私もその一枚に記入した。
今年も余すところはもう三ヶ月。
花めうがが匂ふ、白百合ほど強くなくて、まことに奥床しいかをりである。
けふも鴉が身にちかく啼く。
やつと郵便が来た、Kから手紙が来たので、ほつと安心した。
払へるだけ払ひ、買へるだけ買ふ、残つたのは一銭銅貨二つ!
樹明君を招待する、――ちり[#「ちり」に傍点]で一杯。
[#ここから2字下げ]
酒一升、  壱円
小鯛三尾、拾弐銭 青いものは樹明君持参
豆腐三丁  九銭
[#ここで字下げ終わり]
ほどよく飲んで、ほどよく酔ふたが、別れ際がちよつとあぶなかつた、桑原々々。
いつのまにやらアイスキヤンデー店が焼芋屋にかはつてゐる、季節のうつりかはりがはつきり解る。
今夜はぐつすり睡れた。……
[#ここから2字下げ]
・足もとからてふてふが魂のやうに
   花めうが
・夜のふかうして花のいよいよ匂ふ
 藪蚊をころしまたころし曇る秋空
・秋の雨ふるほんにほどよう炊けた御飯で
[#ここで字下げ終わり]

 十月二日[#「十月二日」に二重傍線] 曇、とう/\雨。

近所の人が来て、草を刈らせてくれといふ、それほどぼうぼうたる草だつた。
雨になつたので、釣はやめにして読書。
昨日のおあまりを飲む、新菊はおいしいな。
[#ここから2字下げ]
・うなりつつ大きな蜂がきてもひつそり
・ひなた散りそめし葉の二三枚
・酔ひのさめゆく蕎麦の花しろし
・柿一つ、たつた一つがまつかに熟れた
・柿の葉のおちるすがたのうれしい朝夕
・かまきりがすいつちよが月の寝床まで
[#ここで字下げ終わり]

 十月三日[#「十月三日」に二重傍線] 時雨、やつと晴れた。

裏からあたりを眺めると、もうそここゝ黄葉してゐる、柿の葉がばさり/\と落ちる。
小郡の招魂祭、ポン/\花火が鳴る、彼等に平和あれ。
畑仕事、新菊を播き添へ、山東菜を播き直す、播くといふことはうれしい[#「播くといふことはうれしい」に傍点]。
街のポストまで出かける、そして酒と肴とを送つて貰ふやうにY屋へ頼む。
茶の花がもう咲きだしてゐる、それを鑑賞してゐて御飯の焦げるのも知らなかつた、しかし焦げた御飯は、いや焦げるまで炊きあげた御飯はおいしいものである。
御飯の炊き方について道話[#「道話」に傍点]一則――
焦げた部分――犠牲となつた部分と、熟成した部分――よく炊けた部分との関係。……
酒がもたらされた、鮭の罐詰も――そして私はいうぜんとして飲みはじめたのであるが、いつしかぼうぜんとして出かけた、Yさんからいつものやうに少し借りて、F、Y、N、M、Kと飲み歩いた、……とう/\駅のベンチで夜を明かしてしまつた……それでも帰ることは帰つた。
久しぶりの、ほんたうに久しぶりの、小さい[#「小さい」に傍点]、小さい脱線[#「小さい脱線」に傍点]だつた。
時々は脱線すべし[#「時々は脱線すべし」に傍点]、ケチ/\すべからず、クヨ/\すべからず。
[#ここから1字下げ]
   (其中漫筆)
     続酔心
泥酔の世界から微酔の境地へ

┌個性 ┌特殊的 ┌芸術
│   │    │文芸
│   │    │短歌
└社会性└普遍的 └俳句

日本詩[#「日本詩」に傍点]

      ┌音声 ┌定型
言語の成分 │意想 │季題
      └文字 └切字
[#ここで字下げ終わり]

 十月四日[#「十月四日」に二重傍線] 秋晴。

めづらしくも朝寝、寝床へ日がさしこむまで。
天地一枚[#「天地一枚」に傍点]といふ感じ、ほんたうに好い季節である。
私にだけ層雲[#「層雲」に傍点]が来ない、何となく淋しい。
昨夜の今朝で、こゝろうつろのやうな。
佐野の妹を訪ねようかとも思つたが、着物の質受が出来ないので果さない、床屋で気分をさつぱりさせて貰ふ。
菜葉一把三銭也、新漬として毎朝の食膳をゆたかにしてくれる。
暮れるころ、樹明君来庵、お土産は酒と魚と、そして原稿紙。
愉快に談笑して十時頃にさよならさよなら。
私がいつものやうに飲めなくて気の毒だつた、御飯を食べてゐたから。
松茸ちり[#「松茸ちり」に傍点]が食べたいな、焼松茸は昨夜たくさん食べたけれど。――
[#ここから2字下げ]
   (伊ヱ遂に開戦)
・秋空たかく号外を読みあげては走る
・日向あたゝかくもう死ぬる蝿となり
・朝風の柿の葉のおちるかげ
・月夜のみみずみんな逃げてしまつた(釣餌)
・いま汲んできた水にもう柿落葉
・燃えつくしたる曼珠沙華さみしく(改作)
[#ここで字下げ終わり]

 十月五日[#「十月五日」に二重傍線] 秋晴。

自然も人間もおだやかに。――
朝酒(昨夜のおあまりで)、ゼイタクすぎる。
柿をもぐ人がちらほら、Jさんも柿もぎにきた、そして熟柿[#「熟柿」に傍点]をくれた、あゝ熟柿! 老祖母の哀しい追憶がまたよみがへつて私を涙ぐませる。
まだおあまりがあつて晩酌、そしてそのまゝぐつすり。
[#ここから2字下げ]
・考へてゐる身にか[#「にか」に「マヽ」の注記]く百舌鳥のするどく
・太陽のぬくもりの熟柿のあまさをすゝる
・てふてふたかくはとべなくなつた草の穂
・昼も虫なく誰を待つともなく待つ
[#ここで字下げ終わり]

 十月六日[#「十月六日」に二重傍線] 晴、朝寒。

今朝もおあまりで朝酒。
天いよ/\高く地ます/\広し。
黎々火君が層雲[#「層雲」に傍点]、緑平老が大泉[#「大泉」に傍点]を送つてくれた。
酒があつて飯があつて[#「酒があつて飯があつて」に傍点]、そして寝床があつて[#「そして寝床があつて」に傍点]、ああ幸福々々[#「ああ幸福々々」に傍点]。

 十月七日[#「十月七日」に二重傍線] まつたく秋日和。

朝寝、寝床の中で六時のサイレンを聴いた。
今日も油虫を二匹、そしてまた二匹殺した、多分彼等は夫婦だつたらう、殺してから――殺さずにはゐられないから殺したが――気持の悪いこと。
日向の縁で本を読んでゐると、うつくしいパラソルが近づいてくる、ハテナと思つてゐると、さつさうとして山口の秀子さんがあらはれた、小郡駅まで来たので、ちよつとお伺ひしたといふ、其中庵も時ならぬ色彩で飾られた、しばらく対談、友達を訪ねるといふので(その友達は農学校の先生のお嬢さんで、そしてその宅は農学校の裏にあるので)、農学校まで同道して、樹明君に案内を頼んで戻つた、道すがら、人々が驚いてゐる、何しろ私が若い美しい女性と連れ立つてゐるものだから!
行乞しなければならないのだが(もう米がないのだが)、どうしても行乞する気になれない。
大根も山東菜も虫害で全滅! ああ。
秋海棠のまぼろし[#「秋海棠のまぼろし」に傍点]! それは私の好きな草花、そして、うれしいかなしい熊本生活のおもひで。
暮れてから、樹明君が学校の仕事を持つて来庵、投げ出された五十銭銀貨二枚を持つて、私は街へ出かけて買物――サケ(これはマイナスで)、トウフ、マツタケ、サカナ、シンギク、バンチヤ。
うまいちり[#「ちり」に傍点]だつた、うまいさけ[#「さけ」に傍点]だつた、おとなしくこゝろよく酔うて、ふたりともぐう/\、ぐう/\。
[#ここから2字下げ]
   ミスH子をうたふ二句
・秋草のむかうからパラソルのうつくしいいろ
・秋空のあかるさに処女のうつくしさ
・釣糸の張りきつて澄んで秋空(魚釣)
・秋空たかくやうやく出来上つたビルデング
・日まわり陽を浴びてとろとろ
・近道は蓼がいちはやくもみづりて
・なんでとびつくこうろぎよ
・いちめんに実りたるかな瑞穂の国
 しめやかにふりだして松茸のふとる雨
[#ここで字下げ終わり]

 十月八日[#「十月八日」に二重傍線] 晴。

早起、まづ聴いたのは百舌鳥の声、視たのは蕎麦の花。
朝酒、ほろり/\と柿の葉が落ちる。
とても好いお天気、ぢつとしてはゐられないので出てあるく。
米は買へないから(一升三十二銭)食パンを買ふ(一斤十四銭)、そして行乞はしないのだ、こゝにも私のワガママがあるけれど、それが私のウマレツキだから、詮方もない。
今日は油虫を二度とも殺しそこなつた、かうまで油虫が憎いとは情なくなる。
Nさん来庵、恋愛談を聞かされる、かういふ話も時々は悪くない(度々では困るけれど!)。
やつと番茶が買へたので、それをすゝりながら話しつゞけた。
食パンが近来飲みすぎ食べすぎの胃腸をとゝのへてくれるとは。……
今夜は樹明君宿直なので、六時のサイレンが鳴つてから訪ねる、いつものやうに御馳走になる、思はず飲みすぎて酔つぱらつた、まつすぐに戻ればよいのに横道にそれてしまつた、戻ることは戻つたけれど、愚劣な自分を持てあました!
[#ここから4字下げ]
其中漫筆

[#ここから2字下げ]
  酔中戯作一首
あなた ドウテイ
わたくし シヨヂヨよ
月があかるい虫のこゑ
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
   其中漫筆
□私俳句[#「私俳句」に傍点]とは――
□リアリズム精神
  自由、流動、気魂[#「魂」に「マヽ」の注記]。
[#ここで字下げ終わり]

 十月九日[#「十月九日」に二重傍線] 曇、寒い。

朝焼がうつくしかつた。
昨夜の自分を反省して、仏前にお詑びした。……
しつかりしろ山頭火! あんまり下らないぞ!
煩悩無尽誓願断。
自覚すれば、醜悪にたへないやうな自分を見出すことはあまりにあさましい、自分のよさ[#「自分のよさ」に傍点]をも自覚しなければ嘘だ(人には誰でもよさ[#「よさ」に傍点]がある、あらなければならない)。
曇つて風が吹く、まさに秋風だ。
断食(絶食とは意味違ふ)と読書と思索。
――同一の過失を繰り返すことが情ない、酔はない時はしないこと――したくないことを酔中敢てするから嫌になる、自己統制[#「自己統制」に傍点]を[#「嫌になる、自己統制[#「自己統制」に傍点]を」は底本では「嫌になる、自己統[#「、自己統」に傍点]制を」]失ふのである、酒に即して自己を批判すれば、酒を飲んでゐるうちに酒に飲まれるのが悲しいのである。――
[#ここから1字下げ]
   其中漫筆
┌自己の生活認識
└社会の現実認識
          ┌知識
   
前へ 次へ
全19ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング