└意識
┌生活印象
└時代感覚
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十月十日[#「十月十日」に二重傍線] 曇、やつぱり雨だつた。
ゆつくり朝寝。
朝も昼も梅茶(食べたくても食べるものがない)。
午後は近在行乞、五時間ばかり嘉川方面を托鉢した、お米一升七合頂戴。
夕飯はまことにおいしくありがたかつた。
私の好きな石蕗の花が咲きだしてゐる、さつそく折つて戻つて活けた。
行乞はありがたい、私の身心を安らかにする。
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・ことしもここに石蕗の花も私も
蕎麦の花も里ちかい下りとなつた
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十月十一日[#「十月十一日」に二重傍線] 雨、晴れて上天気になつた。
呂竹さん来庵、文字通りの清談しばらく。
上水道水源地散歩、蛇が落ちこんで泳ぎまはつてゐる、多分這ひあがることは出来まい、まいまいはいういうと泳いでゐる。
帰途、捨菜[#「捨菜」に傍点]を拾うてきて漬ける。
ああ、塩は安い[#「塩は安い」に傍点]、安すぎる。
あまり月がよいので、そこらまで歩いて一杯。
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電信工事
・秋晴の仕事がいそがしい空間
上水道水源地
・水底太陽のかゞやいて水すまし
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十月十二日[#「十月十二日」に二重傍線] 晴、仲秋、月はよからう。
柿もぎにJさんの妻君が子供を連れて、近所のおかみさんといつしよに来た。
私も熟柿を食べる、うまい/\。
学校まで出かけて、新聞を読ませて貰ふ。
身心何となく不調、何となく死期が遠くないやうな気がする。……
此頃また、クヨ/\ケチ/\するやうだ。
昨日も今日も御飯の出来がよろしくない、米そのものもよくないのだが、私の気分もよくないからだらう。
月はよかつたが、酒のないのが、話相手のないのが物足らなかつた。
寝苦しかつた。
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・水はたたへて山山の倒影がまさに秋
・朝早く汲みあげる水の落葉といもりと
・まんまるい月がふるさとのやうな山から(旅中)
・のぼる月の、竹の葉のかすかにゆらぐ
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十月十三日[#「十月十三日」に二重傍線]――十一月二日[#「十一月二日」に二重傍線]
ぼうぼうたり、ばくばくたり。
ひつそり生きながらへてゐて唐辛が赤い。
どうにもならない私であつた。……
十一月三日[#「十一月三日」に二重傍線]
長大息。――
十一月四日[#「十一月四日」に二重傍線]
樹明来。
石油がなくなつた。
十一月五日[#「十一月五日」に二重傍線]
米がなくなつた。
十一月六日[#「十一月六日」に二重傍線]
傷いた椋鳥のやうに。
十一月七日[#「十一月七日」に二重傍線]
樹明来、酒と魚とありがたし。
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・ほんに秋日和の、つるんでゐる豚
・焼跡に日が射してがらくた
・そよぎつつ草枯れる水音
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十一月八日[#「十一月八日」に二重傍線] 九日[#「九日」に二重傍線]
一人、月がよかつた。
茶の花が咲いてゐる、なんでかなしいのだ。
熟柿を食べる。
十一月十日[#「十一月十日」に二重傍線]
病中老吟一句――
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はひあるく秋蝿のわたくし
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Aさん来庵、お土産として酒肴たくさん。
湯田へ連れて行つて貰つた、ほどよく酔うてM旅館にいつしよに泊めて貰つた。
十一月十一日[#「十一月十一日」に二重傍線] 日本晴。
Aさんの厚情に感謝しないではゐられない。
山口散策。
りんだう、野菊、秋草がうつくしい。
夜は酒を持つて宿直室の樹明君を訪ふ。
十一月十二日[#「十一月十二日」に二重傍線] 曇。
寒くなつた、草が枯れるばかり。
ホントウがウソになつたり、ウソがホントウになつたり、澄んだり濁つたり。――
十一月十三日[#「十一月十三日」に二重傍線]――廿一日[#「廿一日」に二重傍線]
死なないでゐるだけだつた!
十一月廿二日[#「十一月廿二日」に二重傍線] 曇。
冬がいよ/\近寄つて来た。
山口句会へ。
身辺整理、私は dead rock を乗り越えることが出来たゞらうか。
十一月廿三日[#「十一月廿三日」に二重傍線] 晴――曇。
落葉しつくした柿の木、紅葉してゐる櫨の木。
父、母、祖母、姉、弟、……みんな消えてしまつた、血族はいとはしいけれど忘れがたい、肉縁はつかしいがはなれなければならない。……
十一月廿四日[#「十一月廿四日」に二重傍線] 曇。
しぐれ、冬らしい寒さ、火燵の仕度をする。
腹いつぱい麦飯を食べた。
片隅の幸福[#「片隅の幸福」に傍点]が充ち満ちてゐるではないか。
Tさんだしぬけに来庵、酒を貰ふ、句集を買つて下さつた。
街へ出かけて払へるだけ払ふ。
十一月廿五日[#「十一月廿五日」に二重傍線] 晴。
今日は昨日頂戴した菊正がある。
敬君久しぶりに来訪、一杯ひつかけてから、ぶら/\どろ/\、飲んだ飲んだ、食べた食べた、そしてめでたく解散。
しぐれ、しぐれにぬれてかへつてきた。
十一月廿六日[#「十一月廿六日」に二重傍線] 晴。
小春日和のうれしさ、湯田へ出かける。
留守に敬君がやつて来たさうな、すまなかつた。
十一月廿七日[#「十一月廿七日」に二重傍線]――三十日[#「三十日」に二重傍線]
ムチヤクチヤだつた、私の自棄的身心をさらけだした。……
十二月一日[#「十二月一日」に二重傍線] 雨。
こん/\として眠つた、眠るより外ない私だつた。
十二月二日[#「十二月二日」に二重傍線]――五日[#「五日」に二重傍線]
死、それとも旅…… all or nothing
十二月六日[#「十二月六日」に二重傍線]
旅に出た、どこへ、ゆきたい方へ、ゆけるところまで。
旅人山頭火、死場所[#「死場所」に傍点]をさがしつゝ私は行く! 逃避行[#「逃避行」に傍点]の外の何物でもない。
底本:「山頭火全集 第六巻」春陽堂書店
1987(昭和62)年1月25日第1刷発行
「山頭火全集 第七巻」春陽堂書店
1987(昭和62)年5月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年9月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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