ゐる
悼(母を亡くした星城子君に)
・いつとなく秋めいた葉ざくらのかげに
山から風が風鈴へ、生きてゐたいとおもふ
・日ざかりひゞくは俵を織つてゐる音
かなしい手紙をポストに、炎天のほこりひろがる
・木かげ水かげわたくしのかげ
・炎天の稗をぬく(雑)
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ぐうたら手記
□はぜのおばさん。
□河原撫子の野趣。
□太陽の熱と光とがこもつてゐるトマトを食べる。
□生は生に、死は死に、去来は去来に、物そのものに任せきつた心境。
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八月二十日[#「八月二十日」に二重傍線] 曇。
朝夕の快さにくらべて、日中の暑苦しさはどうだ。
酒にひきづられ、友にさゝえられ、句にみちびかれて、こゝまで来た私である、私は今更のやうに酒について考へ、句について考へ、そして友のありがたさを(それと同時に子のありがたさをも)、感じないではゐられない。……
待つてゐた句集代落手、さつそく麦と煙草とハガキと石油を買ふ。
古雑誌を焚いて、湯を沸かすことは(時としては御飯を炊くこともある)、何だかわびしい[#「わびしい」に傍点]ものですね(さういふ経験を持つてゐる人も少くないだらう)。
蝉がいらだたしく鳴きつづける、私もすこしいらいらする、いけない/\、落ちつけ/\。
つく/\ぼうしの声をしみ/″\よいと思ふ、東洋的、日本的、俳句的、そして山頭火的。
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・放たれてゆふかぜの馬にうまい草(丘)
・ひらひらひるがへる葉の、ちる葉のうつくしさよ
逢ひにゆく袂ぐさを捨てる
・誰かくればよい窓ちかくがちやがちや(がちやがちやはくつわ虫)
病中
・寝てゐるほかないつく/\ぼうしつく/\ぼうし(楠)
・トマト畠で食べるトマトのしたたる太陽
・つくつくぼうしがちかく来て鳴いて去つてしまう[#「う」に「マヽ」の注記]
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八月廿一日[#「八月廿一日」に二重傍線] 晴。
初秋の朝の風光はとても快適だ、身心がひきしまるやうだ。
どうやら私の生活も一転した、自分ながら転身一路のあざやかさに感じてゐる、したがつて句境も一転しなければならない、天地一枚、自他一如の純真が表現されなければならない。
此頃すこし堅くなりすぎてゐるやうだ、もつとゆつたりしなければなるまい、悠然として酒を味ひつつ山水を観る[#「悠然として酒を味ひつつ山水を観る」に傍点]、といつたやうな気持でありたい。
生を楽しむ[#「生を楽しむ」に傍点]、それは尊い態度だ、酒も旅も釣も、そして句作もすべてが生の歓喜であれ。
友よ、山よ、酒よ、水よ、とよびかけずにゐられない私。
八月十日の卒倒菩薩[#「八月十日の卒倒菩薩」に傍点]は私から過去の暗影[#「過去の暗影」に傍点]を払拭してくれた、さびしがり、臆病、はにかみ、焦燥、後悔、取越苦労、等々からきれいさつぱりと私を解放してくれた。……
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・餓えてきた蚊がとまるより殺された
・草にすわつて二人したしく煙管から煙管へ
・ずうつと電信棒が青田風
・ぼんやりしてそこらから秋めいた風(眼鏡を失うて)
・すすき穂にでて悲しい日がまたちかづく
・ゆう潮がこゝまでたたへてはぶ草の花
・つきあたれば秋めく海でたたへてゐる
旅中
・こんやはここで、星がちか/\またたきだした
・寝ころぶや知らない土地のゆふべの草
・旅は暮れいそぐ電信棒のつく/\ぼうし
・おわかれの入日の赤いこと
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八月廿二日[#「八月廿二日」に二重傍線] 曇、だん/\晴れて暑くなつた。
今日も身辺整理、文債書債を果しつつ。
机上の徳利に蓮芋の葉を活ける、たいへんよろしい、芋の葉と徳利と山頭火[#「芋の葉と徳利と山頭火」に傍点]とは渾然として其中庵の調和をなしてゐる。
方々から見舞状、ありがたし/\。
天たかく地ひろし[#「天たかく地ひろし」に傍点]、山そびえ水ながるゝ感[#「山そびえ水ながるゝ感」に傍点]。
K店員が立ち寄つて昼寝をする。
花売老人が来て縞萱を所望する、七十三才だといふ、子はないのか、孫はないのか、彼を楽隠居にしてあげたい。
昨夜も今夜も少々寝苦しい、時々狭心症的な軽い発作、読書しないで思索をつゞけた。
鼠だらうか――鼠はゐない筈だが――仏壇をがたびしあばれて、とうとう観音像をひつくりかへした、鼠とすれば――油虫にはそれほどの力はないから――食べる何物もないので、腹を立てたのでもあらうか。
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・考へつづけてゐる大きな鳥が下りてきた
・蟻がひつぱる大きい獲物のおもくて暑くて
地蔵祭
・炎天のお供へものをめぐつて小供ら
黎々火君に、病中
・はる/″\ときて汲んでくれた水を味ふ(楠)
・かなしい手紙をポストにおとす音のゆふ闇(改作)
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八月廿三日[#「八月廿三日」に二重傍線] 晴、曇つて雨の近いことを思はせる雲行き。
いつからとなく、裏に蟇が来て住んでゐる、彼とはすぐ友達になれさうだ、私には似合の友達だ。
先日から麦飯――米麦半々――にしたので腹工合が至極よろしい、ルンペンだつたために、胃袋が大きく、それを満たさないと気がすまないやうになつてゐるから、そして運動不足で、しかも運動らしい運動は出来ない肉体になつてしまつた私には、麦飯こそ適応してゐる、この意味でまた、南無麦飯菩薩[#「南無麦飯菩薩」に傍点]である。
卒倒してからころりと生活気分がかはつた、現在の私は、まじめで、あかるくて、すなほで、つつましくて、あたたかく澄んで湛へて[#「澄んで湛へて」に傍点]ゐる、ありがたいと思ふ。
こうろぎがはつきりうたひだした。
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ぐうたら手記
□人生的芸術主義[#「人生的芸術主義」に傍点]
芸術的人生主義
□俳句が、ぐつとつかんでぱつとはなつこと[#「ぐつとつかんでぱつとはなつこと」に傍点]を特色とするならば、短歌は、ぢつとおさへてしぼりだすこと[#「ぢつとおさへてしぼりだすこと」に傍点]を特色とするだらう。
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八月廿四日[#「八月廿四日」に二重傍線] 朝は曇つて厄日前の空模様だつたが、おひ/\晴れた。
早起、といふよりも寝なかつた。
出来るだけ簡素に[#「簡素に」に傍点]――生活も情意もすべて。
まだ身辺整理が片付かない、洗濯、裁縫、書信、遺書、揮毫、等、等、等。
農学校に樹明君を訪ねて、切手をハガキに代へて貰ふ。
身心ゆたかにして[#「身心ゆたかにして」に傍点]、麦飯もうまい[#「麦飯もうまい」に傍点]、うまい[#「うまい」に傍点]。
畑を耕して菜を播く準備をして置く、土のよろしさと自分のよわさとを感じる。
夕方、樹明君がやつてきて、佐野の親戚へお悔みに行くから、いつしよに行かうといふ、OK、駅へ行く、六時の電車が出るまでにはまだ三十分ある、Y屋で一杯ひつかける、佐山では手早く用事をすまして、停留場まで戻つてくると、一時間ばかり早い、そこでまた駅前の飲食店で一本二本、小郡へ帰着したのが九時、もう一度飲むつもりで、ぶら/\歩きまはつたが、気に入つた場所が見つからないので、けつきよく、そのまゝ別れて戻つた、めでたし、めでたし。
久しぶりの酒と散歩とがぐつすり睡らせてくれた。
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ぐうたら手記
□過去帳[#「過去帳」に傍点]――
年寄の冷水でなくして洟水[#「洟水」に傍点]。
□天地荘厳経[#「天地荘厳経」に傍点]。
自然、藝術。
□魚籃を失ふ釣人。
魚籃を持たない釣人。
□純粋化――単純化――個性化。
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八月廿五日[#「八月廿五日」に二重傍線] 晴。
まだ暗いうちにサイレンが鳴つたが、はて、何だらう、――それだけ私も世を離れてゐる。
けさはとても早起、夜が明けるのを待ちかねた、まるで四五才の小供のやうに。
卒倒以来、心地頓に爽快、今日は特に明朗だつた。
山の鴉が窓ちかくやつてきて啼きさわぐ、赤城の子守唄をおもひだせとばかりに、――じつさい、おもひだして小声でうたつた、何とセンチなオヂイサン!
これは昨夜、佐山地方を逍遙して感じたのであるが――
ここらあたりには時代の音[#「時代の音」に傍点]は聞えるけれど、まだ/\時代の波[#「時代の波」に傍点]は押し寄せてはゐない。
やつと郵便がきた、友のありがたさ[#「友のありがたさ」に傍点]、子のありがたさ[#「子のありがたさ」に傍点]をしみ/″\感じないではゐられなかつた。
午後、ぼんやりしてゐるところへ、ひよつこり黎坊が来てくれた、うれしかつた、反古紙を探して私製はがきを窮製[#「窮製」に傍点]して方々の親しい人々へ寄書をしたりなどして、しんみりと夕方まで遊んだ。
やうやく、眼鏡を買ふことが出来た、古い眼鏡は度が弱くて霞の中にゐるやうだつたが、これで夜の明けたやうに明るくなつた。
このごろまた多少神経衰弱の気味、恥づべし、恥づべし。
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ぐうたら手記
俳句――
詩的本質
特異性
季語、季感、季題の再検討
┌季節的 ┌印象的
└民族的 └現実的
観念象徴
ぐうたら手記
雨はしみじみする、ことに秋の雨は。
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八月廿六日[#「八月廿六日」に二重傍線] 晴、残暑がなか/\きびしい。
朝、山萩の一枝を折つてきて机上をかざつた。
午前、街へ行く、払へるだけ借金を払ふ、借金は第三者には解らない重荷であるだけ、それだけ払ふてからの気持は軽くて快いものである。
いよ/\遊漁鑑札を受けた、これから山頭火の釣のはじまり/\!
アイをひつかけるか、コヒを釣りあげるか。
山東菜を一畝ほど播く。
しづかにして、すなほにつつましく。
青唐辛の佃煮をこしらへる。
去年は肺炎、今年は狭心症、来年は脳溢血か、――希くはころり徃生[#「ころり徃生」に傍点]であらんことを。
午後はとても暑かつたが、米買ひに、豆腐買ひに、焼酎買ひに、街へまた出かけた。
夕立がやつてきさうだつたが、すこしバラ/\と降つたが、とうとう逃げてしまつた。
どうも寝苦しい、妙な嫌な夢を見る。……
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ぐうたら手記
釣心[#「釣心」に傍点]、句心、酔心。
「道心の中に衣食あり[#「道心の中に衣食あり」に傍点]」頭がさがつた、恥づかしさと心強さとで汗が流れた、私の場合では道心[#「道心」に傍点]を句心と置き換へてもよからう。
惜花春起草、愛月秋眠遅、かういふ気持も悪くない。
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八月廿七日[#「八月廿七日」に二重傍線] 晴、秋となつた空にちぎれ雲。
天地悠久の感、事々無礙、念々微笑の境地。
黙壺君からの来信、その中には友情が封じ込まれてあつた。……
さつそく、湯田の温泉に遊ぶことにする。
暑い、銭がある、理髪する(女がやつてくれたが、男よりも女の方がやさしくて念入で、下手上手にかゝはらない私にはうれしかつた)、バスがゆつくりしてゐる。……
温泉は熱くて豊富で、広くて、遠慮がなくて、安くて、手軽で、ほんたうによろしい。
町を歩いて、嫌とも気のつくことはキヤンデー時代[#「キヤンデー時代」に傍点]だといふことだ、こゝにもそこにもキヤンデー売店、そしてあの児もこの人もキヤンデーをしやぶつてゐる。
買物いろ/\、銘酒二合買うて戻ることも忘れなかつた。
生ビールもうまいが、燗酒はもつと、もつとうまい。
拾五銭のランチも私には御馳走だ。
四時の汽車で帰庵、夕餉の支度をしてゐると、樹明君から来信、宿直ださうである、OK、待つてゐましたとばかり学校へ、――例によつて生ビールと鮭肉とを頂戴した、釣道具、餌蚯蚓などを分けて貰ふ。
更けて帰庵、涼しい風が吹きぬける。
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壺の萩さく朝風が机をはらふ
・藪をとほして青空が秋
・風鈴しみ/
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