ざれの笹をかついで
・落葉ならして豆腐やさんがきたので豆腐を
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十二月六日[#「十二月六日」に二重傍線] 午前はうらゝか、午後はくもり。
まことにうれしいたよりをうけとつた、多々楼君の心がぴつたりと山頭火の心に触れた。
一張羅を質入して、マイナスを払つて安心。
コーヒーを餅に代へて、お観音さまといつしよに食べる。
蔓梅を見つけて活ける、ステキだ。
夜はヘンリライク[#「イク」に「マヽ」の注記]ロフトの手記を読む。
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・寒をはうてきてうづくまつた虫(松)
・寒さ、質受しておのが香をかぐ
ひとりで冬日のあたたかく
・あるけば、あるけばよろしい落葉かな(松)
・どうにかならない人間があつい湯のなか(松)
・ことしもをはりの憂欝のひげを剃る
・藪かげあたゝかな鶲《ヒンコチ》の啼きよる
・うめくは豚の餓えてゐる、寒い
・どこからともなく散つてくる木の葉の感傷(松)
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十二月七日[#「十二月七日」に二重傍線] 曇。
私は私のワガママ[#「ワガママ」に傍点]とグウタラ[#「グウタラ」に傍点]とを責めずにはゐられない、何といふ我儘な怠け者だらう!
久しぶりに豆腐屋さんが来てくれたので、豆腐料理の御馳走をこしらへた。
□コンニヤクのうまさも解つた。
街まで出たついでに野を歩く、枯れるまゝに枯れてゆく草[#「枯れるまゝに枯れてゆく草」に傍点]はほんたうにうつくしい。
□自然現象は単に自然現象ではない[#「自然現象は単に自然現象ではない」に傍点]、それが詩人に把握され表現される時には[#「それが詩人に把握され表現される時には」に傍点]。
ヘンリライクロフトの手記を読みつゞける、彼は私ではあるまいかとさへ思はれるページがある。……
私も私流の随筆[#「私流の随筆」に傍点]なら書けさうだ、三八九[#「三八九」に傍点]を復活刊行して、私の真実を表現することを決心する。
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成道会の日
・けさのひかりの第一線が私のからだへ
障子にゆらぐはほほけすすきで小春日和の
・いつもお留守で茶の花もをはり
・日がのぼると霧が晴れると大きな木がはだか
行乞
・なむからたんのう投げられた一銭
病中
・木の葉ちるちるからだがもとのやうであつたら
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十二月八日[#「十二月八日」に二重傍線] 冬ぐもり。
老境の感傷[#「老境の感傷」に傍点]。
しみ/″\したものを感じる[#「しみ/″\したものを感じる」に傍点]。
近郊散歩。
人間は、ルンペンは死場所[#「死場所」に傍点]を求めて彷徨しつゝあるのだ、私はいつもS伯母が私にいつた言葉を思ひ出す、それはルンペンとしての私の心理を抉つた、……人は独り生くべし[#「人は独り生くべし」に傍点]……と[#「人は独り生くべし[#「人は独り生くべし」に傍点]……と」は底本では「人は独り生くべし…[#「は独り生くべし…」に傍点]…と」]ギツシグ[#「シグ」に「マヽ」の注記]はライクロフトにいはせてゐる、彼は孤独の個人主義者として徹してゐる。……
□私にはもう、外へひろがる若さ[#「外へひろがる若さ」に傍点]はないが、内にこもる老ひ[#「内にこもる老ひ」に傍点]はある、それは何ともいへないものだ、独り味ふ心だ[#「独り味ふ心だ」に傍点]。
また不眠で苦しんだ、読む本があるので助かつた。
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・おもふことなく枯木をひろひあるきつつ
茶の花のちりしくところ寒菊の花
・こちらがあゆめばあちらもうごく小春雲
・すゝきをばながほほけたままに住みなれた
・ゆふ月が、百舌鳥はまだ暮れない
・冬夜いつのまに豚をぬすまれた
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十二月九日[#「十二月九日」に二重傍線] 日本晴、よい日曜日を祝福する。
樹明君から来書、難問題について照会、此問題を解決する能力を私は持つてゐない、さるにても金のほしさよ。
午後、公民学校へ行く、お天気がよいので、なか/\の人出である、農産物展覧会、観てまはるうちに、おのづから頭がさがる、粒々辛苦[#「粒々辛苦」に傍点]にうたれるのである、それから小学校へ行く、児童製作展覧会、こゝではおのづからほゝゑまれる、一年生の字はまことにありがたい、三年四年となるともうよろしくない、うまくなるだけいけなくなるのだ、私は何よりも稚拙[#「稚拙」に白三角傍点]を愛する。
上手ぶるのも嫌だが[#「上手ぶるのも嫌だが」に傍点]、下手めかすのは一層嫌だ[#「下手めかすのは一層嫌だ」に傍点]。
ぽか/\とあたゝかい、空には一きれの雲かげもない、私にも一句の屑もなかつた。
めづらしく安眠熟睡。
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「のらくら手記[#「のらくら手記」に傍点]」素材
□一杯の濁酒、それがどんなに彼を慰めるか。
□「腹が立つ」と「腹を立てる」と。
□人生は所詮割れないものであるが、結局は一に一を加へてゆくものである。
□当為 〔so:llen〕 と必然 〔mu:ssen〕 ――私の生き方。
□生存 existence と生活 living ――私のくらし。
□日本人には何よりも米がありがたい!
□働らいても食へない世の中で、ぼんやりして生きてゆける私は喜ぶべきか悲しむべきか、呪ふべきか、祝福すべきか、――私にも誰にも解るまい。
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十二月十日[#「十二月十日」に二重傍線] めづらしい霧。
何となく身心が重苦しいので、散歩でもして紛らすつもりで出かけたが、それも嫌になつて、戻つてきて読書。
読書、思索、散歩、――これが私に与へられた、いや恵まれた仕事[#「恵まれた仕事」に傍点]である。
人生の矛盾に時々うたれる――
死にたくて死ねない人、死にたくないけれど死ななければならない人。
人生は過程[#「人生は過程」に傍点]だといふ気がする、生から死への旅である、事の成ると成らないとは問題でない、どれだけ真実をつくしたか、それが問題だ。
尽人事俟天命[#「尽人事俟天命」に傍点]、あしたに道をきけばゆふべに死すとも可なり、――こゝに安心決定の鍵がある。
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「のらくら手記[#「のらくら手記」に傍点]」素材
□老祖母と夏密[#「密」に「マヽ」の注記]柑の種。
□したいこと、しなければならないこと、しないではゐられこ[#「れこ」に「マヽ」の注記]と。
労働と遊戯、強制と自由。
□日本人の食慾の究極は梅干に茶漬か、炊立飯に味噌汁か、新漬に濁酒か。
□空想を実行する人、実行を空想する人。
□知ること、忘れること。
□自然観照――自己観照――人間観照。
□ランプと新聞。
□味ふ心[#「味ふ心」に傍点]、五十にして物の味を知る、知味[#「知味」に傍点]。
□頓死――ころり徃生。
ぐうたら手記[#「ぐうたら手記」に白三角傍点](覚書)
行乞[#「行乞」は枠囲み] 三輪空寂、三つの功徳
一、腹を立てなくなつた事
一、物を粗末にしなくなつた事
一、何を食べてもおいしくなつた事
年の暮[#「年の暮」は枠囲み] 年くれぬ笠きて草鞋はきながら
冬ごもり[#「冬ごもり」は枠囲み] 冬ごもりまたよりそはむこの柱
□月と緑平と私と酒。
□鼠のゐない家[#「鼠のゐない家」に傍点]、[#「鼠のゐない家[#「鼠のゐない家」に傍点]、」は底本では「鼠のゐない家、[#「のゐない家、」に傍点]」]油虫[#「油虫」に傍点]は[#「油虫[#「油虫」に傍点]は」は底本では「油虫は[#「虫は」に傍点]」]私を神経衰弱にする。
□簑虫よ、簑虫よ。
□炬燵といふもの。
日本家屋、日本国土、日本人。
□妙な夢のいろ/\。
□音立てずして、しん/\として燃ゆる火[#「しん/\として燃ゆる火」に傍点]。
□小さくとも完いもの[#「小さくとも完いもの」に傍点]、[#「小さくとも完いもの[#「小さくとも完いもの」に傍点]、」は底本では「小さくとも完いもの、[#「さくとも完いもの、」に傍点]」]大きくて完からざるものよりも。
俳句――俳句的――俳句性
□与へるもののよろこび、与へられるものゝさびしさ。
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十二月十一日[#「十二月十一日」に二重傍線] 晴れたり、曇つたり。
酒一升借りて、肴をちよつぴり買うて、樹明君と一杯やらうと思ふ、お互に慰め合ひたい、樹明君は当面のマイナス難を忘れ、私は連夜の不眠を紛らさう。
今日は郵便やさんは来ないのか、さびしいなあと独語してゐたら、正午のサイレンが鳴つてから、やつてきた、いろ/\のたよりを持つて、――うれしかつた。
待つて、待つて、待ちくたぶれてゐるところへ樹明君がやつてきた、さつそく飲む食べる話す、……私は待ちきれないで、待つ身につらき置炬燵で一本ひつかけてゐたが、――ほどよく酔うて、街を歩いて、ほどよく唄うて、別れて戻つて、ぐつすり寝た。
十二月十二日[#「十二月十二日」に二重傍線] 小春日和、まことに日々好日だ。
昨夜の残酒残肴で、朝からほろ酔機嫌!
裏山の雑木がもみづいて、しんみりと朝日を浴びてゐる、いゝね、いゝね、ひとりで眺めるには惜しい。
身辺整理、必要な物以外は身辺に置かないのが私の持前だ、古い手紙やハガキを燃やして湯を沸かす!
緑平いよ/\緑平[#「緑平いよ/\緑平」に傍点]、といふ題で彼の人物と作品とを評すべく、いろ/\考へる。
私も私自身に少しづつ自信[#「自信」に傍点]が持てるやうになつた、自分の作品を愛するやうになつた。
実感がなければ作らない[#「実感がなければ作らない」に傍点]、これが私の強味だ。
昼も夜もしづかに読書。
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「のらくら手記[#「のらくら手記」に傍点]」素材
□忘年会とは面白い、忘の字が意味深長だ。
□世間を卒業してしまつてはかへつて面白くない、悟れば空々寂々、迷うてゐるからこそ、花も咲き鳥も啼く。……
□藪柑子[#「藪柑子」に傍点]! 何といふつつましさ、安分知足のすがた[#「安分知足のすがた」に傍点]だ。
□小器晩成[#「小器晩成」に傍点]、それが私だつた、やはり知命の五十代。
□炬燵と濁酒とうどんとカレーライス!
□思索、読書、句作、散歩。
□噛みしめた味[#「噛みしめた味」に傍点]、人生五十年の味、命を知り耳順ふところの味。
□性慾はなくなつた、食慾がなくなりつつある、つぎには何がなくなるか!
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「有句無句、「庵中独坐。
十二月十三日[#「十二月十三日」に二重傍線] 晴、さすがにちつと冷たいが、とてもら[#「もら」に「マヽ」の注記]ゝかである。
鴉、ヒヨ、ツグミ、百舌鳥、頬白、目白、ヒタキ、ミソサザヱ、等々、小鳥のうたはほんたうにうれしい。
近来、食慾が減退して閉口してゐるが、今日の昼飯はうまかつた、一昨夜、駅前で食べたライスカレーのやうに、――といつて御馳走があつたのぢやない、あたゝかい白飯に玉葱の味噌汁、たゞそれだけ。
二三日中に敬坊が寄つてくれるといふので、心待ちに待つてゐるが今日は駄目だつた。
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「のらくら手記[#「のらくら手記」に傍点]」素材
□鱚といふ魚は、ほんたうにキレイだ、海の鮎だ[#「海の鮎だ」に傍点]、夏から秋への魚として申分なし、焼いてよろしく、刺身にしてわるくない。
□香煎[#「香煎」に傍点]をすすりつつ追憶にふける。
□辛いものから甘いものへ、酒を飲まずにゐると、菓子や餅が食べたくなる。
□生きてゐることのよろこび、生を楽しむ[#「生を楽しむ」に傍点]。
□読書傾向の転移、老人の愛読書として。
□雑炊[#「雑炊」に傍点]といふものは。――
□雲丹について(歯がぬけた老人の負惜しみ)。
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十二月十四日[#「十二月十四日」に二重傍線] 今日も好晴、毎日勿体ないやうなお天気。
太
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