を養ふのだ、私の身心は荒んでゐる。
○病痾は、私にとつては一つの天恵だ、これは悲しい事実であるが、合掌して味到さるべきものだ。
○本然の自己に帰つて落ちついた安らかさ[#「本然の自己に帰つて落ちついた安らかさ」に傍点]。
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・草も木もうち捨ててあるところ茶の花
・雨ふる落葉おちつく
・雑草、どこからともなくレコードうた
・茶の花さいてここにも人が住んでゐる
病中
・寝てゐるほかない茶の花のいつまでも咲いて
・百舌鳥のするどくぬける歯はぬけてしまふ
旅
・みちはすすきへ、すすきをくぐれば水
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十一月六日[#「十一月六日」に二重傍線]
秋時雨、雨の音と百舌鳥の声と柿落葉と。
M君からの返信はありがたかつた、ほんたうにありがたかつた。
あまり沈欝になるので、キレイ一升借りて、イワシ十銭ほど買うてきて、チビ/\飲みはじめたが、そして待つともなく樹明君を待つてゐたがやつてこないので、学校まで出かけて訳を話したが、とても忙しくて行けないといふ、そこで私自身を持てあまして街へ出てみたけれど面白くないので、鮨を食べて戻つて、すぐ寝た。……
酒飲みが酒が飲めなくなつては、――あれほど好きだつた酒があまり欲しくなくなつては、――それが今日の私だつた、明日の私であるかも知れない。
身心不調、胸苦しくて困つた、心臓がいけなくなつたのであらう、もう罰があたつてもよい頃[#「罰があたつてもよい頃」に傍点]ですね!
○持つて生れて来たものを出したい、その人のみが持つもの、その人でなければ出せないもの、それを出しきるのが人生だ、私は私を全的に純真に俳句しなければならない、それを果さなければ死んでも死ねないのだ。
○食慾がなくなるのがさみしい、私の大きい胃袋は萎縮しつつあるのか、ルンペンの精力がなくなりだしたのか。
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病中
・ともかくも生かされてはゐる雑草の中
・をんな気取つてゆく野分ふく
・蛇がひなたに、もう穴へはいれ
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十一月七日[#「十一月七日」に二重傍線]
うそ寒い風がふいて晴れてくる、蒲団を干す、と、またしぐれてくる、柿の葉が生もののやうに舞ひ散る。……
やがて日本晴だ、一天雲なし、ありがたいな。
なまけてたまつた返事を書く、緑平老へは殊に長い手紙を書いた、私の愚痴を本当に聞いてくれる友の一人として、私は君を信頼してゐる。
○明日の句[#「明日の句」に傍点]はもう私には作れないけれど、私にも今日の句[#「今日の句」に傍点]はまだ作れる自信がある(芭蕉や蕪村や一茶の作はすでに昨日の句[#「昨日の句」に傍点]であることに間違はない)、よし、私はほんたうの私の句[#「ほんたうの私の句」に傍点]を作らう、作らなければならない、それが私のほんたうの人生だから。
米買ひに行つて、そこの主人に話しかけられた、宗教についてしばらく話した、彼もまた悩める一人だつた。
寒い、寒い、冬ごもりの用意は出来ますか。
○雑草の声[#「雑草の声」に傍点]を聴く、雑草的存在、雑草的生活。
○酔ひたい酒[#「酔ひたい酒」に傍点]から味ふ酒[#「味ふ酒」に傍点]へ。
○播かないで刈る[#「播かないで刈る」に傍点]、――私の生活はさうでないといひきれるか。
夕方から山口へ行く、三八九[#「三八九」に傍点]を復活続刊する外なくなつたから鉄筆を買ふために、――そして鈴木さんを訪ねる、おいしい御酒と御飯とをいたゞいてたのしく話す(私の現実に触れすぎたが)、九時の汽車で戻つておとなしく寝た。
平和なる家庭なるかな、私は家庭人ではないけれど、家庭のあたたかいアトモスフイアは好きである。
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柿もたわわに村一番の物持の屋敷で
・灯影が水に、落葉する樹もありて
・バスト[#「ト」に「マヽ」の注記]汽車と寒い灯が灯が走りくる
・ふけて戻ればたどんがひそかに燃えてゐた
湯田一句追加
・山山もみづりそのなかよい湯のわくところ
・しぐれてはそこらで山羊のなく変電所
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十一月八日[#「十一月八日」に二重傍線]
晴曇さだめなくしぐれる、いはゆる秋の空だ。
寒い、冷たい、もう冬だ、火燵が欲しい。
何も食べたくないから、トンビを着て豆腐買ひに、――一丁三銭に値上げしてゐた(前は二銭五厘)。
寝てゐると、めづらしや女客、彼女は掛取だつた!
○現実とは何か、生活とは何か、自然とは何か、主観とは何か。
青白い生活、青白い句を揚棄せよ。
さらに光を力を[#「さらに光を力を」に傍点]――と私はさらに主張したい。
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・豆腐さげてしぐれて濡れてもどる
自戒
・今日から禁酒のしぐれては晴れる空
・菜葉しぐれてきたこやしをやらう
・熟柿日和で山の鴉が出てきてさわぐ
あつ子嬢新婚
ほんに晴れわたり木の葉のとぶことも
改作
・ここを死に場所とし草はしげるままに
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十一月八日[#「十一月八日」に二重傍線][#「十一月八日[#「十一月八日」に二重傍線]」はママ]
日本晴、それから――万事如件。
○光の句[#「光の句」に傍点]、力の句[#「力の句」に傍点]。
現実を直視せよ、生活を強化せよ。
各人各人からのたより、それ/″\にうれし、緑平老のそれはことにうれしかつた。
今日はトンビを着て油買ひに。
紙の中に油虫の巣窟を偶然見つけた、幼虫数百、すぐ掃き捨てたが、ぞつとした。
過去を忘れよ、過去の残影[#「過去の残影」に傍点]を捨てよ。
私も苦労性だわい、私が帰庵の手紙をだしたのに健からは何ともいつてこないので何となく気にかかる、これも親心のあらはれか、ああ。
○理窟と作家[#「理窟と作家」に傍点]、緑平の一面。
理窟を持たない人[#「理窟を持たない人」に傍点]は尊い。
鍋が一つ、それでも事足りる。
抜ける歯は抜けるまゝにしておく。
かきをきを書きかへておかう。
日暮に樹明来庵、久しぶりな会飲だつた、酒はキレイ、肴はハム、客は樹明、だから酔うてぶらつくこと例の如し。
やつと帰庵、彼氏も泊る、とんだ宿直[#「宿直」に傍点]なり。
○酔うていよ/\老衰を感ず。
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・雑草も声ありてしぐれ
・病めば梅干のあかさ
・誰にもあはないとうがらし赤うなる
・かうまでからだがおとろへた草のたけ
・すつかり葉をおとしてしまつた柿の木へ旅から戻つた
・ほつと入日のさすところ草の実
・やうやくおちつけて茶の花や
[#ここで字下げ終わり]
十一月十日[#「十一月十日」に二重傍線]
晴、二日酔の気味、恥づべし。
小鳥の来ては啼く日なり。
○余生を楽しむ――私の場合では私に徹することだ。
○与へる何物も持たない私はせめて何物をも奪はない生活を持しなければならない、他を妨げ物を害する行動を捨てなければならない。
昨日の酔中散歩は醜くかつたが、いや悪かつたが、それによつて積日の沈欝が払ひ除かれたのはよかつた。
「雑草」所載の「正信偈一巻」を読んで白船老におそひかゝつた不幸を悲しむ、希くはこの不幸が最初の、そして最後のものであれ。
勉強、勉強、勉強しよう、私はあんまりなまけてゐた。
ヱキのポストまで、――やつと行つてきた。
○ありのままに一切を観る[#「ありのままに一切を観る」に傍点]。
○与へられるものを与へられるままに受入[#「与へられるものを与へられるままに受入」に傍点]け[#「け」に「マヽ」の注記]る[#「る」に傍点]、それを咀嚼し消化し消化する生活。
○いつもそく/\として身にせまるもの[#「いつもそく/\として身にせまるもの」に傍点]、それは流転のすがただ。
○自己省察がアヤフヤだ、だから現実把握もアヤフヤだ。
あまりにしづかな、しづかすぎてやりきれないほどのゆふべだつた。
終日終夜読書。
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・こゝに枯れたるこの木の冬となる(庵の枇杷樹)
・大根漬けてから長い手紙を書く
・ひなたはあたゝかくやがて死ぬる虫
いつとなく草枯れて家が建ち子が泣いてゐる
お寺の鐘が鳴りだしました蔦紅葉
病めるからだをあるかせてゐるよ草の実よ
虫なくや咳がやまない
なんだか人なつかしい草はみのつてゐるみち
あまりひつそりして死相など考へては
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十一月十一日[#「十一月十一日」に二重傍線]
のどかな晴れ、小鳥が山から出て遊ぶ。
朝、樹明来庵、昨夜の残りの酒を飲む。
お茶漬さら/\、樹明おくるところの辛子漬で。
ぬけさうでぬけなかつた歯がぬけた、ほつとしたさびしさを味ふ、もう堅いものは食べられない、食べものの味がなくなつた、噛まなければ、噛みしめなければ物の味は出てこない、幸にして酒は液体、そして別物だ、流動のなかに酒のうまさはある。……
午後散歩、折から女学校の運動会、ちよつと見物、ぶら/\帰つてくると、女客が二人、縁に腰かけて待つてゐられた、TさんSさんといふ、何も話すことはないので、私の心境について話した。
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・山のぬくさはりんだうひらく
酒を買ふとて踏んでゆく落葉鳴ります
・藪のむかうまで夕日のつばふ[#「ばふ」に「マヽ」の注記]き
・なんぼう考へてもおんなじことの落葉をあるく
・そこに夕月をおき枇杷は花もつ(雑)
・冬夜むきあへるをとことをんなの存在
・木の葉ふるところ眼をとぢるとき
[#ここで字下げ終わり]
十一月十二日[#「十一月十二日」に二重傍線]
まことに日本晴、あまり晴れすぎたからか、夕方から曇。
秋のよろしさ、田園のよろしさ、独居のよろしさ。
身心がすぐれないので近郊散歩に出かけたが、それも苦しくてすぐ帰つてきた、昼飯としてうどん玉を買うて。
○ひなたをあゆむ――ぢぢむさいけれど、私に残されためぐみの一つである。
○昨日来庵のTさんから、玄米茶と生玉子とを頂戴した、何よりの品、ありがたく賞味しませう。
夕ぐれは何となくさびしい、湯にでもはいらうか、ちよつと一杯やりたいな!
いのちがけで酒をのむやうな悪趣味は捨てゝしまへ。
○自己を愛するがゆえに一切を愛する、一切を愛するがゆえに自己を愛する、自己は個の個ではない、全の個[#「全の個」に傍点]である。
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女学校運動会
・ひかりは空から少女《オトメ》らはおどる
・水にそうてくだれば草の枯れまさり
・あのみちのどこへゆくもみづる山こえて(雑)
空ほがらかで樽屋さんいそがしい
再録、長門峡二句
鯉をよぶとや紅葉ちれとや手をたたく
水たたへたればその枝もみづりたれば
改作、信濃にて
まこと山国の、山ばかりなる月の
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十一月十三日[#「十一月十三日」に二重傍線]
曇、小雪でもちらつきさうな、――冷たい雨がふりだした。
○安分知足、楽清閑、楽在其中[#「楽在其中」に傍点]、まことに、その中にある楽しみが、ほんたうの楽である。
○句作生活二十年、そしてつく/″\思ふ、此道や門に入りやすくして堂にのぼりがたし[#「此道や門に入りやすくして堂にのぼりがたし」に傍点]、仏道のやうに。
○うたふもののよろこびは力いつぱいに自分の真実をうたふことである、あらねばならない。
私のうちには人の知らない矛盾があり、その苦悩がある、それだから私は生き残つてゐるのかも知れない、そして句が出来るのだらう。
また不眠で徹夜乱読。
◎俳句の将来についての一家言――
俳句は畢竟階級的なものではありえない、階級意識を高唱するには川柳的なものが出来るであらう、そして大衆的娯楽文芸として俳句は堕落すると共に、詩としても高[#「高」に「マヽ」の注記]上し純化するであらう、それが真の俳句であり、芸術家の芸術であり、純日本的なユニイクなものである。……
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学生軍事教練
・ずうつと晴れてならんで旗の信号
・蓼のあかさも秋ふかいひなたの仕事
・木の葉のちればまたハガキかく
・考へつつ歩きつつふつと赤い
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