る。
日暮に樹明来庵、酒と下物とを持つて。
何とおちついた酒と会談だつたらう。
そしてまた何とよいねむりだつたらう。
夜ふけてSがひよろりとやつて来た、食べものをあるだけ与へると、ぺろりと食べて、そこらへごろりと寝てしまつた、彼はいぢらしい犬だ、どうも不幸な犬らしい。
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・けさから旅の草鞋はく蕎麦の花が白く
・夜あけ米とぐみぞそばのさいてゐるところ
・秋雨の汽車のけむりがしいろいひゞき
・てふてふひらりと萩をくぐつて青空へ
・うらからきてくれて草の実だらけ(樹明に)
・たまたま人がくると熟柿をもぐと
・風の日を犬とゐて犬の表情
[#ここで字下げ終わり]

 十月六日[#「十月六日」に二重傍線]

曇、ぢつと落ちついてゐて、さて、さびしくないことはないが。
肌寒い、蕎麦の花が白い。
身辺整理、むしろ身心整理。
夜、樹明来庵、泥酔してゐる、蒲団を敷いて寝かせる、かうまで酔はなければならと[#「らと」に「マヽ」の注記]は不幸だ。

 十月七日[#「十月七日」に二重傍線]

晴、百舌鳥の鳴声が鋭い、秋風らしく吹く。
豊饒の秋! 山には山の幸、野には野の幸、庵には庵の幸がある。
すすき尾花がうつくしい。
午後、樹明君がまたやつてきて、飯をたべて、ぐう/\と寝て、さびしさうに帰つていつた。
文字通りに、三日間の門外不出だ、ちよつとポストまで出かけたいのだが、風がふくのでやめる。
寝たり起きたり、読んだり考へたり。――
[#ここから2字下げ]
・生きものみんな日向へ出てゐて秋風
・寝床へ日がさす柿の葉や萱の穂や
・何か足らないものがある落葉する
・やつと郵便がきてそれから熟柿がおちるだけ
[#ここで字下げ終わり]

 十月八日[#「十月八日」に二重傍線]

晴、風。
朝、Oさんから採つたばかりの松茸を貰ふ。
四日ぶりに街のポストへ、そして三日ぶりにコツプ酒一杯、そして心臓がいかに弱くなつてゐるかが解る。
石蕗がもう咲いてゐたので床の壺に活ける。
○雑草はみなよろしい、好きである。
凡山凡水、凡人凡境、それでけつかうです。
松茸一本焼いて麦飯三杯、おいしい昼餉だつた。
例の洋服を質入して、マイナスを払ひ、酒を借る。
入浴、何日ぶりか忘れたほど久しぶりだつた。
樹明君を招待する、いそがしい会合だつたが愉快だつた。
よいさけ、よいちり、よいよいよいとなあ。
それから、泥、泥、泥だつた、泥のやうに酔うて泥の中を這ひまはつた。
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・百舌鳥のするどくその葉のちるや
   老祖母追憶
・熟柿のあまさもおばあさんのおもかげ
 南天の実のいろづくもうそさむい朝
・空はゆたかな柿のうれたる風のいろ
[#ここで字下げ終わり]

 十月九日[#「十月九日」に二重傍線]

酒、酒、そして酒だ。
面白くないから飲む、飲めばきつと飲みすぎる、いよいよ面白くないから、ますます飲む、――これを循環的に繰り返して転々するから、末は自殺しかない(その自殺はほがらかな自殺[#「ほがらかな自殺」に傍点]であらうが)。
現在の私に望ましいものがあるとするならば、それはころり徃生[#「ころり徃生」に傍点]だ。

 十月十日[#「十月十日」に二重傍線]

終日一人楽清閑。
禅海君が一年ぶりに来庵したけれど、彼に好意を持たない私は好意の示しようがない、彼も私の心持を察して、四国へ渡るといつて、別れていつた。
[#ここから2字下げ]
   自然[#「自」と「然」の間に白三角傍点]はう[#「は」と「う」の間に白三角傍点]たふ[#「た」と「ふ」の間に白三角傍点]
自然のリズム。
自然の相《スガタ》。
人生の真実。
現実のうごき。
[#ここで字下げ終わり]

 十月十一日[#「十月十一日」に二重傍線]

晴、何が何やら解らないけれど面白い、同時に面白くない、やつぱり何が何やら解らないのだ。
公益質屋へ行つて利子だけ払ふ、今日此頃の質屋風景は秋らしい。

 十月十二日[#「十月十二日」に二重傍線]

秋晴、風がふいては雨。
○あかるいさみしさ[#「あかるいさみしさ」に傍点]だ、すなほな死[#「すなほな死」に傍点]であれ。
樹明君が何[#「何」に「マヽ」の注記]のついでに立ち寄ち[#「ち」に「マヽ」の注記]て熟柿を食べる、私も勧められて食べる、うまい/\、あまい/\。
○熟柿――木の実のあまさは自然のあまさだ。
○熟柿と日本の老人(老祖母追憶)
○みぞそばがうつくしい花を咲かせはじめた。
○四十惑うて五十更に惑ふ、六十尚ほ惑ふだらう。

 十月十三日[#「十月十三日」に二重傍線]

まことに秋晴、散歩日和、運動会日和だ。
朝は水の冷たさを感じる。
○存在の世界[#「存在の世界」に傍点]、在るところのもの[#「在るところのもの」に傍点]。
アキラメでない、サトリでない、マコトである。
[#ここから1字下げ]
┌──────────────────────┐
│近在散歩、                 │
│  どこへゆくか、いつもどるか、わかりません│
└──────────────────────┘
[#ここで字下げ終わり]
かう書き残して置いて歩く、時計をまげて一杯やる、そして自動車に乗り込んでしまつた。
大田の町へ運ばれた、そして伊東君のお客となつた、酔ふた、眠つた。

 十月十四日[#「十月十四日」に二重傍線]

曇、大田の伊東君の家庭の中にゐた。
身心がすぐれないので、早々帰庵。
衰へたるかな、山頭火!
米がない、銭もない、麦はある、それを炊いて食べる、これがホントウの麦飯だ、あまりうまくはないな。
[#ここから2字下げ]
 枯草あたたかう犬は戻つてきてゐる(Sよ)
 こころむなしく日向をあるく
・もいではすする熟柿のぬくとさは
・空のふかさへ変電所の直角形(改作)
・あかるくするどく百舌鳥はてつぺんに
[#ここで字下げ終わり]

 十月十五日[#「十月十五日」に二重傍線]

曇、時々雨となる。
○明るい空しさ[#「明るい空しさ」に傍点]――これが今日此頃の私の気分。
○貧閑[#「貧閑」に傍点]――まことにしづかで、ほんたうにさみしい。
Sがまたやつてきてゐるけれど、与へる物がない。

 十月十六日[#「十月十六日」に二重傍線]

曇、そして雨、百舌鳥がやたらに啼く。
うれしい手紙、それは未見の新らしい友から。
やうやくにして酒と飯とにありついた。
樹明君からも白米のお布施。
夕方、君はさらに酒と魚とを持つて来庵、それから、私はまた恥づかしい私となつた。

 十月十七日[#「十月十七日」に二重傍線]

雨、やがて晴、ほがらかな憂欝[#「ほがらかな憂欝」に傍点]とでもいはうか。
樹明君やつてきたがすぐかへる。
[#ここから2字下げ]
・みごもつてよろめいてこほろぎのいのち
・日向ぼつこはなごやかな木の葉ちつてくる
・ゆふかぜのお地蔵さまのおててに木の実
・日かげいつか月かげとなり木かげ
 空が風が秋ふかうなる変電所の直角形(改作)
[#ここで字下げ終わり]

 十月十八日[#「十月十八日」に二重傍線]

晴、自省あるのみである、苦しめるだけ苦しめ。

 十月十九日

晴、徹夜展転反側。――
三日間まつたく門外不出。
純真に生きる[#「純真に生きる」に傍点]、これが私の一切でなければならない。
従容として、私は生きよう、そして死なう。
流れるままに流れよう、あせらずに、いつはらずに。

 十月二十日[#「十月二十日」に二重傍線]

快晴、身心安静。
私の境地は悠々自適でなければならない、私の行動は逍遙遊でなければならない。
酒が飲みたくなつた、煙草も吸ひたくなつた、御馳走が食べたくなつた。……
[#ここから2字下げ]
・柿落葉そのままそれでよい日向
・米をとぐ手のひえ/″\と秋
・熟柿もぐとて空のふかさよ
・病めるからだをよこたへて風を聴くなり
・秋もをはりの日だまりのてふてふとわたくし
[#ここで字下げ終わり]

 十月廿一日[#「十月廿一日」に二重傍線]

晴れて明るく、むなしくはてなく、澄みてかぎりなし。……

 十月廿二日[#「十月廿二日」に二重傍線]

晴、門外不出六日間、自分を見詰めつゞけてゐる。
夕、樹明来庵、酒と煙草とありがたし、そして玉ころがしとはおもしろし。

 十月廿三日[#「十月廿三日」に二重傍線]

曇、樹明徃訪。
やつと工面して、冬物を質受して、妹を訪ねる、子の結婚について相談するために!
肉縁はたちがたくしてなつかしい。

 十月廿四日[#「十月廿四日」に二重傍線]

曇、帰庵休養、身心の衰弱いかんともしがたし、昨日の茸狩がこたえたのであらう。
[#ここから2字下げ]
・茂るまゝにして枯れるまゝにして雑草
 みんないつしよに茸狩すると妹の白髪(妹の家にて)
 落葉ふか/″\と茸はしめやかにある
・秋風のふく壁土のおちること
[#ここで字下げ終わり]

 十月廿五日[#「十月廿五日」に二重傍線]

故郷宮市は花御子祭にて賑ふならん。
昨日貰つてきた黒茸を焼いて麦飯を腹いつぱい。
熊本へ行かなければならない、彼女と談合しなければならない、行きたくもあり行きたくもなし、逢ひたくもあり、逢ひたくもなし、――といふ気持。
あれこれとおくれて、四時の汽車で出発。
複雑な微妙な心理状態だつた。

 十一[#「一」に「マヽ」の注記]月廿六日
 十一月廿七日
 十一月廿八日
       『旅日記』
 十一月廿九日
 十一月卅日
 十一月卅一日

 十一月一日[#「十一月一日」に二重傍線]

午後五時帰庵、やれ/\と思つた、そしてすぐ寝た。
九州行そのものは悪くなかつたけれど、熊本はやつぱり鬼門だつた。
○出かけて、帰つてきて、庵のよさ、自分のよわさがよく解る、山頭火には其中庵の外におちつくところなし。
柿の落葉、茶の花、みんなよろしい。
がつかりして、ぐつすり寝た。
[#ここから2字下げ]
 つかれてかへつてきて茶の花
・伸き[#「伸き」に「マヽ」の注記]のびてゐて唐辛赤うなる
・すすきをばなもうららかにちるや
・まいてまびいてつけてきざんでかみしめてゐる
   水前寺にて
・水は秋のいろふかく魚はういてあたまをそろへ
・柿が赤くて住めば住まれる家の木として
[#ここで字下げ終わり]

 十一月二日[#「十一月二日」に二重傍線]

晴、風。――
[#ここから2字下げ]
さびしけれどもしづかなり
まづしけれどもやすらかなり
[#ここで字下げ終わり]
すなほに、すなほに、そしてすなほに。
夜、樹明来、しんみりと話す。

 十一月三日[#「十一月三日」に二重傍線]

しぐれ、明治節、農学校運動会の騷音。
東京の井師五十歳祝賀句会へ打電――
[#ここから2字下げ]
アキゾラハルカニウレシガルサントウカ
[#ここで字下げ終わり]
野菊、りんだう、石蕗、みぞそばの花、とり/″\に好きだ。
[#ここから2字下げ]
・みんな働らく刈田ひろ/″\として
・あぜ豆もそばもめつきり大根ふとつた
・たつた一つの、もぎのこされた熟柿をもがう
・垣も茶の木で咲いてゐますね
・秋もをはりの夜風の虫はとほくちかく
[#ここで字下げ終わり]

 十一月四日[#「十一月四日」に二重傍線]

終日読書。
私は熊本行を契機として転向、といふよりも復帰することが出来た。……
○……持つべきものは子なりけり、私は私を祝福しなければなるまい。
方々へたよりを書く。

 十一月五日[#「十一月五日」に二重傍線]

晴、何とうらゝかな、曇、何としづかな。
洗濯、施肥、そして入浴、一杯ひつかけました。
櫨がもう紅葉してゐる、雑木紅葉がだん/\うつくしくなる、雑草は日にまし枯れてゆく。
○濁酒から泥水へ――私の一生はかうした経路をたどりつゝありはしなかつたか!
うれしい事は、アルコール渇望[#「アルコール渇望」に傍点]が薄らぎつゝあることである、酒に対する執着さへなくなれば、私は私の欣求する生活に入ることができる。
○動かうにも動けない、しばらくぢつとして、身を養ふ、いや心
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