終わり]
九月廿三日[#「九月廿三日」に二重傍線]
朝寒夜寒。
秋空一碧、今夜の月はうつくしからう、結庵三度目の名月、観月句会[#「観月句会」に傍点]を催ほすのである。
○酒慾をなくして酒徒のみじめさをなめる!
酒はキレイ、一升借りた、樹明君が豆腐と鶏肉とをどつさり持つてきてくれた。
午後、岔水君と黎々火君とが偶然いつしよになつて来庵、お土産は酒と下物。
四人で飲んだり食べたり、興に乗じて山口へドライヴする、周二君を連れて戻る(君は来庵の用意をしてゐた)、酒と赤貝と菓子とのお土産が[#「が」に「マヽ」の注記]貰つて、いよ/\ます/\豊富である。
さらに飲む、食べる、話す、月が昇る、虫が鳴く、あゝユカイ、ユカイ。
十時の汽車に岔水君を、バスに周二君を見送る。
樹明君はうなつてゐる、黎々火君はねむつてゐる、私はねむれない、後始末をして、残つた酒を飲みほす、これは私の悪癖の一つだが、どうにもならない。
今日の失敗は湯田のN女を訪ねたことだつた、誤解される私も悪からうが、誤解する彼等もよくはあるまい。
[#ここから2字下げ]
・月がまろい夜を逢うて別れた
・百舌鳥がてつぺんに落葉しはじめた樹
・秋草ふみつつかりそめの犬とあとさき
・月夜の柿がばたりぽとり(改作)
・木の葉ちるや犬もわたしもおどろきやすく
・サイレン鳴ればさびしい犬なればほえ
・ヱスもわたしもさびしがる月のこうろぎも
[#ここで字下げ終わり]
九月廿四日[#「九月廿四日」に二重傍線]
秋晴、秋季皇霊祭。
掃く、拭く、障子のやぶれをつくらふ。
黎々火君を未明の汽車に、樹明君は腹工合がいけなくて頭があがらない。
ヱスも私も昨日の御馳走のおあまりを頂戴する。
Sはさびしい犬だ、あまりにつつましくおとなしい、何だかあはれつぽい犬ではある。
樹明君やうやく起きて、昼飯をたべて帰つてゆく。
このしづかさは(さびしさではない)どうだ!
今夜もまた眠れないらしい、不眠は何よりも苦しい、不眠がつづくと自殺したくなる。……
[#ここから2字下げ]
・柿の葉や実やおしみなくふる
・みごもつていそがしい虫でまさに秋風
・お彼岸花もをはりのいろのきたない雨
・ヱスもわたしも腹をへらして高い空
[#ここで字下げ終わり]
△糸瓜(随筆)
△犬と遊ぶ(雑文)
九月廿五日[#「九月廿五日」に二重傍線]
晴、曇、そして雨、私の気分もそんなだつた。
一昨日の汚れものをやつと片づける、鶏肉の脂肪でズル/\するので閉口した。
何となくいら/\する日である、心持が険しくなつて、犬のぢやれつくのも癪にさわる。……
自己省察[#「自己省察」に傍点]。
人間の一生、自我の生活。
私はつつましく、きよく、あたゝかく生きてゆく外はない。
身心不調、発熱倦怠。
Sの弱虫め、猫にとびつかれて悲鳴をあげた。
S、お前は我儘だぞ、かしわ汁をかけない飯をたべないとは。
九月廿六日[#「九月廿六日」に二重傍線]
雨、よくねむれた、暗いうちに起きる。
Sの我儘が私の我儘だ、彼の姑息が私の姑息ではないか、もつと強く、もつと愿に、もつと朗かであれ。
うつら/\として悪夢の連続。
私はよく寝るが――眠るのではないが――Sもよく寝る、寝るより外ないからでもあらうが。
五時頃、めづらしくT女来庵、待ちあぐんでゐると、樹明君とIさん来庵、むろん、酒も下物も。
とろ/\、どろ/\、そしてぐう/\!
よく飲んでよく寝た、極楽、地獄、ヨカヨカ。
[#ここから2字下げ]
明けないうちから藁うつくらしの音がはじまつた
・ゆふべはあんまりしづかなたわわな柿
・大風ふいていつた蟻はせつせとはたらく
・お地蔵さまへ生えて鶏頭の咲いてゐる
・秋の日の暮れいそぐ蒲焼のにほひなど
・いつからともなく近眼に老眼が、すゝきとぶ
ま昼虫なくそこへぽとりと柿が
[#ここで字下げ終わり]
九月廿七日[#「九月廿七日」に二重傍線]
晴、ゆうぜんとして、或はぼうぜんとして。
Sが卑怯な我儘な振舞をするので、腹が立つて打つた、あゝ何故にSを打つたのだ、私自身を打つべきではないか、敬君よ、早くSを連れていつてくれたまへ、彼は私をして私自身をあまりにまざ/\と見せつける!
近郊散歩、Sを連れて。
昨夜の山頭火狂乱の跡を観て歩く、誰も知らない、知つてゐるのは山頭火自身だけだ!
[#ここから2字下げ]
・むすめの竿がやつと熟柿へとどいて青空
・住む人はない秋ふかい花をもらふ
・さうぼうとして街が灯れば木の葉ちる
足音ちかづくよな、柿の葉おちるわおちるわ
・をとことをんなと月が冴えすぎる空
[#ここで字下げ終わり]
九月廿八日[#「九月廿八日」に二重傍線]
晴、当面の仕事は何か、――まづ書債を果たす、これだけでもサツパリした。
午前樹明徃訪、午後は樹明来訪、ちり[#「ちり」に傍点]で一杯やる、松茸は初物なり、そしていつ食べてもうまい。
高木断食寮の研究生、中村幸治さんといふ青年来庵、長期断食をしたいが泊めてくれぬかとの事、私はSがゐてさへ神経にさはる位だからと断る。
彼は断食、私は絶食!
樹明君は風邪気味で夕方まで寝た、そしておとなしく帰宅、私はねむれないのでおそくまで漫読。
樹明君についていつたSがいつまでも戻つてこない、それがまた私の気分をみだす。……
[#ここから2字下げ]
追加一句 津島にて
・おわかれの、水鳥がういたりしづんだり
改作二句
・つく/\ぼうしあまりにちかくつく/\ぼうし
・月へゆれつつバスガールのうたひつつ
[#ここで字下げ終わり]
九月廿九日[#「九月廿九日」に二重傍線]
曇、晴れて秋空のよろしさ。
過去一切を清算して、新一歩を踏み出さなければならない、私はもう行乞する意力も体力もなくしてしまつたから、行乞を行商にふりかへて、改めて歩くより外ない。
Sは昨夜はとう/\戻つて来なかつた、多分、樹明君に踉いて行つたのだらうとは思ふけれど気にかゝる、午後になつたら、学校へ出かけようと心配してゐるところへ、給仕さんが、樹明君からの手紙を持つて、Sを連れて来てくれた、よかつた/\。
大田へ来てくれといふ電話ださうなが、行きたいけれど、いつもの金缺で行けさうもない、残念々々。
近在散歩、お伴はS、秋の雑草を貰つて帰る、苅萱、コスモス、河原蓼、等々、やつぱり苅萱がいちばん好きだ。
今夜はまた不眠で困つた、夜が長かつた。
油虫ものろ/\となつた、それを打ち殺す残忍さ。
[#ここから2字下げ]
・昼も虫なく咲きこぼれたる萩なれば
・風がふく障子をしめて犬とふたり
・ここへも恋猫のきてさわぐか闇夜
・ゆれては萩の、ふしては萩のこぼるゝ花
・みごもつてこほろぎはよろめく
・どうでもかうでも旅へ出る茶の花の咲く
・朝は早い糸瓜のしづくするなどは
[#ここで字下げ終わり]
九月三十日[#「九月三十日」に二重傍線]
霧雨、午後は晴。
武二君から返信、さらに返信を書く――
[#ここから2字下げ]
……失礼ながら打明けていへば、私は過去及現在の生活が続くならば、続けなければならないやうならば、私は自殺でもする外ないのです。
……行商は労働です、お言葉の通りです、そして行乞も労働です、もつと労働です、ただ筋肉労働として行乞しなければ現代の情勢では食つてゆけないのです。
すべてが生存――生活とはいへませんね――のあえぎです、私が行乞を行商にふりかへようとするのも、封建的遺習乃至資本主義社会の崩壊過程を暗示してゐますね。……
[#ここで字下げ終わり]
Sも自分を持てあまして、あちらへごろり、こちらへごろりしてゐる、私は自分をもSをも持てあましてゐる。
今日から麦飯[#「今日から麦飯」に傍点]、それは経済的でなくて保健的意義からである、食べすぎる[#「食べすぎる」に傍点]、うまいものを食べたがる[#「うまいものを食べたがる」に傍点]、――それがいけない、弊□は不足から来ないで十分以上から来る。
どうしても眠れない、頭脳が痛む、ああ。
十月一日[#「十月一日」に二重傍線]
曇、晴れて秋、そして秋風秋雨。
柿買爺さんがやつてきていろ/\話す。
○「質よりも量」から「量よりも質」へ転向しつつある私、それは自然であり真実だ。
[#ここから4字下げ]
『私はうたふ』
[#ここで字下げ終わり]
十月二日[#「十月二日」に二重傍線]
肌寒くなつた、昨夜はよく眠れた、有難かつた。
今朝もSの卑怯な態度に腹が立つた、そしてすぐまた、あはれみいたはるのだつた。
方々から色々のたより、しみ/″\ありがたいと思ふ、とりわけてKのはかなしくもうれしい手紙[#「かなしくもうれしい手紙」に傍点]だつた!
断ちがたい執着、捨てきれない煩悩、愛憎好悪のいづれもの人生の姿であり人間の力ではないか。
払ふ、払へるだけ、そして買ふ、買へるだけ。
Sはぢやれる、私はふさぐ、犬と人とは。――
私の好きな、そして其中庵にふさわしい茶の花がもう咲きだしました、私は旅のおもひでにふけります、そして旅へ出たい、出なければならないと思ひます。
さびしさうな、かなしさうでもあるSを見よ、やりきれないではないか!
[#ここから2字下げ]
・おもてもうらもやたらに糸瓜がむだばなつけて
・なつめはみんなうれておちて秋空
・つるべしたたるぽつちり咲いてゐるげんのしようこ
・秋の雨ふるサイレンのリズム
・藪風、逢ひたうてならない
・別れて遠い顔がほろ/\落葉して
・質のいれかへも秋ふかうなつた
・柿の木のむかうから月が柿の木のうへ
[#ここで字下げ終わり]
十月三日[#「十月三日」に二重傍線]
三時に眼が覚めて四時に起きる、おさんはつらいね!
今日も秋雨、わるくないけれど、すこしくどいね。
○麦飯のききめ、驚くべきものがある。
○尊ぶ[#「尊ぶ」に傍点]と惜しむ[#「惜しむ」に傍点]とは違ふ、もつたいないもいやしいから[#「もつたいないもいやしいから」に傍点]、とと[#「と」に「マヽ」の注記]諺が意味ふかい。
○コク[#「コク」に傍点]とアク[#「アク」に傍点]、この差違も考へなければならない、コクは物そのものの味はひであるが、アクは残滓的遺物だ。
[#ここから1字下げ]
不眠と不昧と、そして転向。
[#ここで字下げ終わり]
○茶の花が咲きだした、茶の木に茶の花[#「茶の木に茶の花」に傍点]。
○音[#「音」に傍点]と声[#「声」に傍点]、陰影――濃淡、明暗、強弱。
○酔ひたい酒は呪ふべし、味ふ酒は讃ふべし。
秋がふかうなる――ソデナシを着てゐてもうそ寒い――雨が落葉をたゝいて虫がないてゐる。――
ヒマはありすぎるほどあるのに余裕[#「余裕」に傍点]がないとは!
酔つぱらつてどろ/\、樹明君も酔つぱらつてどろ/\になつてきた。……
[#ここから2字下げ]
・死にたい草の枯れようとして
・秋蝿、それを打ち殺すのか
・御飯のしろさぬくさが手から手へ
・めい/\のこと考へてゐる灰皿をまんなかに
・ゆふべいろづいた柿がおちさうな
・なんとなくなつかしいもののかげが月あかり
・さみしさのやりどころない柿の落ちる
・郵便やさんたより持つてきて熟柿たべてゆく
[#ここで字下げ終わり]
十月四日[#「十月四日」に二重傍線]
晴、泥を洗ふ、曇、洗つても落ちない泥だ。
街へ出ていつたSがよろ/\とかへつてきた、うたれたのか、悪いものでも食べたのか、――それは私自身の姿でもあつた、みじめでやりきれない。
敬君来庵、Sを連れていつてくれた。
アルコールはありがたいかな、ぐつすりねむれた。
十月五日[#「十月五日」に二重傍線]
機縁が熟した、ぐうたらな、でたらめな生活よ、さようならだ、昨日と今日との間には截然として一線が劃された、私の心境はおのづからとけて、すなほにあふれて、あたゝかく澄んでゐる。……
○しづかなよろこび[#「しづかなよろこび」に傍点]、それはいづみあふれる水のやうな、奇蹟的に、昨日までの不平、焦燥も未練も憂欝も解消してしまつた、明るく澄んで、温かく冴えた境地へ到達してゐ
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