代の父の追憶)古鉄、考へやう一つ、吉凶禍福は物のうらおもて。
□農夫のうちかへす一鍬一鍬は私の書く一字一字でなければならない、彼にありては粒々辛苦、私にありては句々血肉である。
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 十二月二十日[#「十二月二十日」に二重傍線] 晴、そして曇。

胃は重いが頭は軽い。
どうしたわけか、昨日も今日も郵便が来ないのでさびしいことかぎりなし。
句集草稿をやうやく大山君に送ることができたので、のう/\して炬燵で読書。
どうも腹工合がよろしくない、腹工合のよろしくないほど飲み食ひするとはあさましい!
しかし、麦飯と梅干と松葉粉とがその腹工合をよろしくしてくれた。
ここに寝てゐて安養浄土[#「安養浄土」に傍点]を感じてゐる。
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・日照雨ふる朝からぽんぽん鉄砲をうつ
・晴れさうな竹の葉の露のしたたる
   緑平老に
・あなたのことを考へてゐてあなたのたよりが濡れてきた
   そこらの嫁さん
・麦まきもすんだところでお寺まゐりのおしろい塗つて┐
・鋪装道路の直線が山へ、もみづる山山       ├(雑草)
・師走の空のしぐれては月あかり          ┘
・ハガキ一枚持つて月のあるポストまで
・あるくともなくあるいてきて落葉する山
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 十二月廿一日[#「十二月廿一日」に二重傍線] 晴、時々曇りて暖かし。

街のポストまで出かけて、それだけでがつかりした、何と、弱くなれば弱くなれるものだ。
思索する、散歩する、句作する、読書する、――山頭火はかうして生活する。
……刻煙草もなくなつた、なくなればなくなつたでよろしい。
喫はないでこらえる……これは私の心境の平静[#「私の心境の平静」に傍点]をあらはすものであるが、一面に於ては、私の意慾の減退[#「私の意慾の減退」に傍点]をしめすものである。
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   「ぐうたら手記」素材
□下手くそで間のぬけたもの、好きだね、気がきいて出来すぎたもの、いやだね。
□妹がくれたチヤンチヤンコの話。
 冬ごもりには炬燵と共にふさわしい。
 シヱーターきては冬ごもりらしくない(ネンネコ、サル、胴着、追憶ばかり)。
□したいことしかしない私である!
□なくて困る歯、あつて困る脱肛肉、世の中は思ふやうにはならない、ほんとにきたない老の繰言。
□餅[#「餅」に白三角傍点]といふものは――
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 十二月廿二日[#「十二月廿二日」に二重傍線] 曇、をり/\しぐれる、ぬくすぎる。

机上の一輪※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]に梅一枝を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]す、まだ/\蕾はかたい。
身辺整理、整理しても整理しても整理しきれないものがある。……
餓えたる油虫[#「餓えたる油虫」に傍点]! 彼に人間を観た!
夜は雨、不眠、読書。

 十二月廿三日[#「十二月廿三日」に二重傍線] 雨、曇、晴、夜はあたゝかい月あかり。

いつでも死ねる[#「いつでも死ねる」に二重傍線]――いつ死んでもよい覚悟と用意とを持つてゐて、生きられるだけ生きる安心決定で生きてゆきたい。
かりそめの干柿を味ふ、うまい、捨てられた柿だつたが。
伊東さんが送つてくれた中外日報[#「中外日報」に傍点]を読む、年来の愛読誌であるが、涙骨老に改めて敬意を表する。
今夜も眠れなかつた、ランプの油が乏しいから、月あかり街あかりする寝床の中で考へつゞけた。……
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・きら/\ひかつて売り買ひされるよう肥えた魚
 孫の手をひきお寺まゐりのさげてゐるはお米
・月からこぼれて師走の雨のぬくい音
・触れると散るまへの櫨紅葉かな
 其中一人にして冬ごもり
・小春日のさせば障子をあるく虫のかげ
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 十二月廿四日[#「十二月廿四日」に二重傍線] 晴、めつきり冬らしい寒さとなつた。

安静、感謝、知足安分の心境。
健がボーナスのお裾分をしてくれたので、さつそく払へるだけ、払ふべきものは払ふことが出来た、そして買物もあるし、温泉にも浸りたいので、山口へまで出かけたが、からだのぐあいが悪くて、ほんたうに閉口した、いつも食べる二十銭の定食も食べたくなかつた、ほどよい宿に泊つてもいゝのだが泊りたくなかつた、おそくなつて、やつと帰庵して、すぐ寝た。……
冷酒をあほつたからであらう、餅菓子を食べたからでもあらうか、……とにかく弱つた、……老衰をひし/\と感じた、感じないではゐられなかつた、……そして考へたことである、山頭火は其中庵にぢつとしてゐるより外はない[#「山頭火は其中庵にぢつとしてゐるより外はない」に傍点]、口腹の慾を断ち、人間の執着を捨てて、自然観照の詩に沈潜する外はない。……
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・凩の、大きな日の丸がはためく
・こんなにも弱つてしまつた落葉ふむさへ
・早う寝るとして寒月ののぼるところ
・生きてゐることがうれしい水をくむ
・こんなに痩せてくる手をあはせても
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 十二月廿五日[#「十二月廿五日」に二重傍線] 晴。

何とうらゝかなお天気、そして何と衰へた私。
庵はよいかな、日光はありがたいかな、小鳥のうたはよろしいかな。
心しづかにして香を※[#「火+主」、第3水準1−87−40]く、からだが弱つてゐる、香煎をすゝる、読むに本あり、思ふて懐かしい友あり。
       ………………………………………………………………………
三八九[#「三八九」に傍点]復活準備。
真理[#「真理」に傍点]創刊号を読む、私のやうなものでもその運動に参加したいほどの衝動を感じた。……
孤立は無論ウソだ、対立もウソだ、やつぱり私達は相互依存[#「相互依存」に傍点]でなければならない、自覚的に、意識的に。
○今年も暮れようとしてゐる、今年はいろんな意味で苦しんだ年だつた、たしかに私の身心の転換期[#「私の身心の転換期」に傍点]であつた、肉体がます/\弱く、心はいよ/\澄んで。
抱壺句集[#「抱壺句集」に傍点]が来た、抱壺君からの来信もうれしかつた、三羽の鶴[#「三羽の鶴」に傍点]の出現はほんたうによろこばしい。
農学校に樹明君を訪ねて話してゐるとき、思ひがけなく周二君来訪、三人いつしよに帰庵して会飲、そして珍客芝川君を迎へた、意外であつたゞけ会合のよろこびは二乗された、千福の酔心地、広島牡蠣のうまさ、そのうまさも二重だつた。
みんないつしよに駅まで、芝川君は長崎へ、周二君は山口へ、樹明君は家へ、そして私は庵へ。
また飲みすぎ食べすぎで工合がよくなかつたが、ぐつすり眠れたのは幸福だつた。
何も食べたくないが、梅干[#「梅干」に傍点]はよろしい、酒は飲みたくないけれど生水[#「生水」に傍点]はうまい!
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・ことしも暮れるお墓を掃除する
   周二君に
・けふはよばれてゆきますガソリンカーで
・年の市のお猿さんやたらに踊らされてゐる
・こゝろなぐさまずこゝまで来たが冬されの水
   湯田温泉
・わいてたたへてあふれる湯の惜しむところなく
・ぼんやり観てゐる冬山のかさなれるかたち
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 十二月廿六日[#「十二月廿六日」に二重傍線] 晴、冬ぐもり、晴。

食慾がない、昨日の酒がまだ一升残つてゐるのに飲みたくない、弱くなるときにはかうも弱くなるものかと嘆きたくなる。……
午後、約束通りに山口の周二居へ出かける、君の入営送別句会を催ほすといふのである、句会といつたところで、家族の方々と会談して名残を惜しまうといふのである。
途中湯田温泉に浸る、飯蒸器を買ふ、温泉はよいかな、そして飯蒸器はありがたいかな(こんな器具でも手持のそれとの間にはいろ/\改良された個所がある、日進月歩といへば大袈裟だらうけれど、時々刻々進んでゆきつゝある時代を感じないではゐられない)。
糸米あたりの山々を眺めては休む、周二居についたのは五時前、酒はお断りしてライスカレーを頂戴する、暮れて樹明君も来会、奥さんやお嬢さん方もいつしよに句作する、そして最後は御馳走になる、まことにしめやかな会合ではあつた、私も甘やかされて健の話をした、息子自慢が出来るオヤヂではないのに! やうやく最終のバスで帰庵した、折からの月がまともに庵いつぱいのひかり、寝るには惜しいやうだつたが、ぐつすりねむれた。
人の情[#「人の情」に傍点]にうたる私[#「る私」に「マヽ」の注記]だつた!
今夜、周二居で、壺に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]してあつた寒菊の白さがいつまでも眼に残つた。
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・こんなところに師走いそがしい家が建つ
・枯れつくして芭蕉葉は鳴る夜の片隅
・遠く鳥のわたりゆくすがたを見おくる
・寝しな水のむ山の端に星一つ
・あすはお正月の御飯をあたゝめてひとり
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 十二月廿七日[#「十二月廿七日」に二重傍線] 晴、曇。

霜が降つて氷が結んでゐる、冬の厳粛[#「冬の厳粛」に傍点]を感じる。
当分、酒を断つてぢつとしてゐよう、さうするより外ない私となつたから。
今日はポストまで出かける気力もなかつた。
庵中独坐、こゝろおのづから澄む[#「こゝろおのづから澄む」に傍点]。
今日の食物――うどん一玉、ぬくめ飯一碗、香煎一杯、餅二つ、饅頭三つ!
酒が飲めなくなつて菓子がうまくなる、木の実[#「木の実」に傍点]を味ふ、酒の執着がなくなつて貪る心[#「貪る心」に傍点]もなくなつた。
□病みてしみ/″\生を味ふ[#「病みてしみ/″\生を味ふ」に傍点]、死を観じつつ[#「死を観じつつ」に傍点]。
樹明君から饅頭を、私から酒を。――
食慾のないことはさびしいが、眠れることはうれしい。
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・しと/\しぐれる笹のさら/\
   宿直室にて
・電燈一つが長い廊下が冬
・年わすれの酒盃へ蝿もきてとまる
・ことしもをはりの宿直室でラヂオドラマが泣きだした
・年のをはりの風が出て木の葉ふきおとした
・きずがそのままあかぎれとなり冬籠る
・豆腐屋の笛が、郵便もくるころの落葉
・お正月の、投げざしの水仙ひらいた
   周二居
・むかへられてすはれば寒菊のしろさ
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 十二月廿八日[#「十二月廿八日」に二重傍線] 雪もよひ、しぐれてしける。

不安なく不平なし、ひとりしんみり時雨を聴く。
てつかい味噌[#「てつかい味噌」に傍点]、有一君の心づくしを日々味ふことである。
※[#二重四角、250−2]友情に生きる[#「友情に生きる」に傍点]、それは私の生活をあらはす語句だ。
身辺整理。
お天気もよくないし、気分もすぐれないけれど、むりに郵便局へ出かけて手紙や葉書を投げ込む、そして謄写用紙を買ふ、重いのを我慢して、雨に濡れながら農学校まで辿り着いた、都合よく樹明君は宿直、夕飯をよばれてそのまゝ泊つた、さけ、さかな、めし、みんなうまかつた。
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   「ぐうたら手記」素材
□大根の煮たの[#「大根の煮たの」に傍点]、あの香、あの味、あの団欒、あの雰囲気!
□創作の苦楽――遊戯、表現、苦即楽。
□味噌汁と漬物と梅干。
□牡蠣と雲丹。
□五十才にして五十年の非を知る[#「五十才にして五十年の非を知る」に傍点]!
※[#二重四角、205−13]食慾があつて食物がないのと、食物はあるのに食慾がないのと、さてどちらがよいか、いづれを択ぶか!
□酒中酒尽[#「酒中酒尽」に傍点]――空の世界、有無超脱。
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非有、非無、非非有、非非無。……
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□このみちをゆく[#「このみちをゆく」に傍点]――このみちをゆくよりほかない私である(第四句集後記)。
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 十二月廿九日[#「十二月廿九日」に二重
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