ナイシヨウ/\!
・死んでしまうたら、草のそよぐ
・死ぬるばかりの、花の赤いかな
・からりとしてしきりに死が考へられる日
・死なうとおもふに、なんとてふてふひらひらする
夏野、犬が走れば人も走つて
・朝風のきりぎりす大きうなつた
・ゆふべあかるい草の葉で蝶はもう寝てゐる
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六月八日[#「六月八日」に二重傍線]
晴、けさはゆつくりと五時すぎるまで寝床の中。
△自殺是非[#「自殺是非」に傍点]について考へる。――
詩外楼君から、桂子さんから来信、桂子さんからのそれはなか/\興ふかいものだつた。
大事に育てる茄子の一本が枯れた、根切病、詮方なし。
額が出来た、井師筆の其中一人[#「其中一人」に傍点]、ありがたい。
焼酎一杯、むろんカケで、その元気で学校へ寄る。
T子さん来庵、酒とサイダーと肴とを持つて、やがて樹明君も来庵。
それから歩く、私一人で、そしてヘト/\になつて帰る、途中無事で、ヤレ/\。
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・風ひかる、あわたゞしくつるんでは虫
めくらのばあさんが鶏に話しかけてゐる日向
・たつた一人の女事務員として鉢つつじ
たま/\たづねてくれて、なんにもないけどちしやなます(友に)
もう春風の蛙がとんできた(再録)
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自殺是非
(などゝいふなかれ)
自殺の可否は自殺者にあつては問題ぢやない。
死にたくて自殺するのでなくて、生きてゐたくないからの自殺だ。
生の孤独や寂寥や窮迫やは自殺の直接源[#「源」に「マヽ」の注記]因ではない。
自殺は最後の我儘[#「最後の我儘」に傍点]だ。
酒と句とが辛うじて私の生を支へてゐた[#「酒と句とが辛うじて私の生を支へてゐた」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]
六月九日[#「六月九日」に二重傍線]
三時半には起きた、昨夜の後始末。
うつ木の花、はかない花だ、活けてもすぐ散る。
残つたゞけ飲む、飲まずにはゐられない、といふよりも一滴も残しておけないのが酒好きの酒飲みだ。
性慾と食慾[#「性慾と食慾」に傍点]、食慾は満たさないと死ぬる、性慾は抑へてゐても生きてゐられる、そこに私共の関心がある。
△技巧[#「技巧」に傍点]はそれを技巧と感じさせないところにそのうまさがある。
茄子苗を見つけた、すぐ植ゑる、どうぞついてくれ。
野韮の花、坊主花。
ウソかマコトか、ウソからマコト、マコトからウソ。
△桂子さんのちまき[#「ちまき」に傍点]が来た、重いな、グロテスクな食物だ、屈原の味か、薩摩隼人の味か、ようく噛みしめろ。
入浴、数日来のわだかまりを流す。
山へ、つつじを折つてきて仏様に供へる。
しづかな日だつた、遊蕩気分を払拭した。
ほんとに熟睡した、近来にないことだ。
六月十日[#「六月十日」に二重傍線]
曇、梅雨入前、午後すこし降つて晴。
時の記念日、とまつた時計を時計屋へ持つてゆく、ネヂがゆるんだためで、すぐに直してくれた、タヾで。
なまけもの、きまぐれもの、ぐうたら、等々と自分を罵つた、どうもこれは直らない、ネヂがゆるんだのではあるまい、ネヂがないのだらう!
郵便はとう/\来なかつた、さみしい日だ。
△ゆすら桃、通りかゝつた垣根から二粒三粒つまんでたべて、遠い少年の夢を味つた。
夾竹桃がもう咲いてゐる、南国の夏の色と姿だ。
更けて、跛を曳きつつ、犬に吠えられつつ、樹明泥酔して来庵、自転車々々々と繰り返す、生酔本性とはこれだらう、宥め賺して、やつと寝させる、……すぐ大鼾だ!
夕暮、クロトリを聴く、ぢつと耳傾けてゐると、その声は切ない、しかし情愛の籠つた声だ。
△一元的[#「一元的」に傍点]になりきりえない自分をあはれむ。
夜、時の記念として、――この句を喜代志さんにあげませう。
[#ここから3字下げ]
サイレンが鐘が正しく私の時計も九時
[#ここで字下げ終わり]
雨、夜の雨の音はよろしい。
未明近くT子さん来庵、たづねてきたのは私をぢやない、樹明をである、庵にはふさはしくない――困つたことである。
四時半には起きた、めづらしく裏山で狐が鳴いた。
(変電所の構成)
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・草からてふてふがまた草へ
大地にごろ/\かさなつて豚の仔が暑い
ゆふべ時計がとまつてゐる午後三時
ゆふべの窓に影あるは竹の二三本
・ひろがつて、こぼるゝ花をうけてゐる葉の(南天と蕗)
・ゆふ空ゆうぜんとして蜘蛛の生活
・蜘蛛は網張る、私は私を肯定する
・枯木へ糸瓜の蔓をみちびく
・萱もみな穂に出て何か待つてゐるようなゆふ風
・かういふ世の中の広告気球を見あげては通る
・実つて垂れて枯れてくる
・いちめんの夏草をふむその点景の私として
・待つでもなく待たぬでもなく青葉照つたり曇つたり
[#ここで字下げ終わり]
六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線]
梅雨日和、明日から入梅だ。
枇杷を食べる、私には初物だ、これは恐らく、昨夜の宴会の残物だらう、といつては持つてきてくれたT子さんにすまないけれど。
だん/\晴れる、雨後の風景はまことにあざやかなものである。
T子さん帰る、樹明君も帰る、あとは私一人でしづかなこと、其中一人で十分だ(半人では困るが二人三人でも困ります)。
雑草の中から伸びてゐた葱坊主、それは野韮でもないし、ラツキヨウでもないし、何だらうと考へてゐたが、玉葱だつた、今年捨てた屑根から芽生えてきたのだつた、小さい玉が三つ、これでも私の味噌汁の実にはなる、いや有難う。
大根菜間引、洗つて干す、あす新漬にするために。
奴蜘蛛を観察する、なか/\面白い。
虫を殺すことは不愉快だ、しかし殺さなければならない虫。
駅へ砂吐流君を出迎ふべく行[#「行」に「マヽ」の注記]かける、途中、樹明を訪ねて訳を話す。
△赤と黒との接触を観察した、赤い蝶と黒い蝶との交尾行動!
砂君と共に、もう一度、樹明徃訪、二十年振の昔話、それから庵で、三人でよい酒うまい酒を飲む、砂君宿泊。
よく飲みよく話しよく寝た。
[#ここから2字下げ]
・歩いても歩いても[#「歩いても歩いても」に「出ても戻つても」の注記]草ばかり
・雑草やたらにひろがる肉体
・てふてふとんでも何かありさうな昼
・濡れて、てふてふも草の葉のよみがへる雨
・虫はなんぼでもぶつかつてくる障子の灯かげ
・ここにも工場建設とある草しげる
・土に描いて遊ぶ子のかげもむつまじく
[#ここで字下げ終わり]
六月十二日[#「六月十二日」に二重傍線]
早朝、砂君を見送つて駅へ。
砂君はまろい人[#「まろい人」に傍点]だつたが、二十年の歳月が君をいよ/\まろくした、逢うて嬉しい人だ。
何だか遣りきれなくて飲む、酔うて辛うじて戻つて寝た。
或る時は善人、或る時は悪人、或は賢、或は愚、是非正邪のこんがらがるのが人間の生活だ。
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・てふてふよつかれたかわたしはやすんでゐる
・ふつと逢へて初夏の感情(追加)
・青空したしくしんかんとして
・朝じめりへぽとりと一つ柿の花
・けさはじめての筍によつこり
・こんなところに筍がこんなにながく(再録)
・あひゞきの朝風の薊の花がちります
・酔ざめはくちなしの花のあまりあざやか
[#ここで字下げ終わり]
六月十三日[#「六月十三日」に二重傍線]
六月十四日
身心も梅雨季だ、寝る、寝るより外ない!
寝る、寝る、寝るよ。
大村君が不意来庵、しばらく話す、樹明君へ手紙を托して米を送つて貰ふ。
夕、樹明来庵、庵の空気の険悪なのに避[#「避」に「マヽ」の注記]易して直ぐ帰つてしまつた!
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・梅雨空おもく蜘蛛と蜂とがたたかふ
・焼かれる虫のなんと大きい音だ
・頬白がよう啼いて親鳥子鳥
・何もないけどふるさとのちしやなます(砂君に)
・話しても話しても昔話がなんぼうでもとんぼ通りぬけさせる
こんな句も
・けさも二人でトマト畑でトマトをたべる(新夫婦に)
(一人ならば私だ!)
[#ここで字下げ終わり]
六月十五日[#「六月十五日」に二重傍線]
空も私もすこし晴れてきたが、……放下着。
筍によき/\、うまいなあ。
やつと層雲句稿を送つた、ほつとした。
シヨウチユウ! いけなかつた、破戒の罰はテキメンだつた。Yさんにもすまなかつた、樹明君にもすまなかつた、とう/\二人で酔つぱらつて、M旅館に酔ひつぶれてしまつた、……何といふダラシなさだらう!
六月十六日
六月十七日
六月十八日
こん/\と寝た、寝る外ないのだ!
六月十九日[#「六月十九日」に二重傍線]
……ヨリいけなくなつた、……シヨウチユウの誘惑、泥酔の醜態。……
放下着する外ないとすれば、行乞流転のくりかへしか、それとも自殺のハカナサか。……
衝動性変質者[#「衝動性変質者」に傍点]のみじめさ。
樹明君に謝し、同時に戒めます、あんたもあぶない!
六月廿日
今日から断食[#「断食」に傍点]、いや、絶食[#「絶食」に傍点]。
六月廿一日
夕方だしぬけに金井三郎さん来庵、対談一時間あまり。
お茶もあげなかつた、すまなかつた。
お土産として、日本魂[#「日本魂」に傍点]の二合罎[#「罎」に「マヽ」の注記]を戴く、胡瓜をもいできてさつそくに飲む、酒はうまいけれど、……あゝ。
六月廿二日[#「六月廿二日」に二重傍線]
晴、身心やつと落ちつく、ちつとも睡らないで、四時には起きて身辺整理。
時計をマゲテ――マゲルほどの品ではないが――それで米を買ふ。
三日ぶりにオマンマにありついたのである。
米は安い、酒は高い。
先日来の自分を反省して悲憤やる方なかつた、馬鹿、阿呆、頓間、間抜。
死に[#「に」に「マヽ」の注記]も死ねないやうになりつゝあつたのだ、情ない。
樹明君が死にそこなつた私を案じて給仕をよこした、ありがたい志だつた。
△暴風一過の境地[#「暴風一過の境地」に傍点]である。
いぬころぐさを活ける、去年をすぐおもひだす、おどり子草も咲いてゐる、すぐまた一昨年のことをおもひだす。……
ぐみの実、草いちごの実、おもひでがあまりに多い。
虫が鳴く、こうろぎよ。……
虫が歩く、油虫だ。
△近眼と老眼とがこんがらがる、躓き易くなつて老を感じる。
………………………………………………………
[#ここから2字下げ]
・ま昼の花の一つで蝶々も一つで
・かどは酒屋で夾竹桃が咲きだした
・朝風の草の中からによこりと筍
・ゆふ空ゆたかに散りくるはあざみ
・ほんに草の生えては咲く(改作)
うらは藪で筍によきによき(其中庵風景)
・水田たたへてつるみとんぼがゆふ日かげ
・雲雀が空に親子二人は泥田の中
・鍋や茶碗や夜つぴて雨が洗つてくれた
かういふ句も
抱かうとして夜の雨ふる
[#ここで字下げ終わり]
六月廿三日[#「六月廿三日」に二重傍線]
昨夜もよく睡れなかつたので、何となく身心が重苦しいけれど、落ちついたことに間違はない。
学校に樹明君を訪ねて、先夜のお詑とお礼とをいふ、君はまつたく病人だつた、身心共に。
△酒はよいが、アルコールがいけないのだ、人そのものは申分ないのに意志が弱いのだ。
君よ、しつかりして下さい、私もしつかりと生活する。
空[#(ラ)]梅雨の暑苦しさ[#「空[#(ラ)]梅雨の暑苦しさ」に傍点]、それは私たちの身心のやうな!
放下着、そしてまた放下着。
行雲流水、無礙無作、からりとして生きて行け。
田植がはじまつた、毎日、朝から晩まで泥田を這うて働らく人々に対して、私は恥づかしく思はないではゐられない。
豚が食べてゐる、クン/\鼻を鳴らして――豚は食慾そのものであるやうに感じさせる、食べて肥えて、そして殺される豚だ。
雀の子がうまく飛べない、畦から畦へと餌をあさつてはゐるが――多分、彼はみなしご[#「みなしご」に傍点]だらう。
夕方、ばら/\と降つた、なか/\降らない梅雨だ。
風呂を飲んでしまつた、澄太君に申訳がない、どうでもかうでも風呂代だけは捻出して、その野風呂にはいつて貰はな
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