二時頃、漫読してゐると、ゴム靴の音がする、樹明酔来、手のつけやうがないので、ほつたらかしておく、かういふ場合の彼は(必ずしも彼に限らないが)人間でなくて獣だ、鼾は大蛇の如く、そして野猪の如く振舞ふ、あゝ酒好きの酒飲みの亭主を持つた女房は不幸なるかな!(これは樹明君にのみ対して投げる言葉ぢやない)
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   酒についての覚書
△味うてゐるうちに(飲むのではない)酒のうまさがよい酔となるのでなければ嘘だ、酒はうまい、酔へばます/\うまい。……
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 六月廿五日[#「六月廿五日」に二重傍線]

曇、雨、梅雨らしくなつた、梅雨は梅雨らしいのがよい。
樹明君は朝になつてもまだ酔が醒めないらしい、それでも、ひよろ/\跛をひいて出勤した、樹明君よ、しつかりして下さい、あなたがしつかりしてゐてくれないと、私も倒れる(私にはそんな忠告を敢てする資格はないけれど)。
晴ならば山口へ行くつもりだつた、明日は澄太君、砂吐流君が来て下さるのに、もう米もない、醤油もないから、本でも売つていくらか拵らへるつもりだつたが。
自然生の桐苗を移し植ゑた、どうか枯れないでくれ。

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