、あちこち歩きまはるだけ。
下関といふところは、何と食べ物の多いこと! 食べる人の多いこと!
かうして歩いてゐると、私といふ人間がどれだけ時代錯誤的であるかゞよく解る、世間と私との間にある距離を感じる、しかし、私の悩みはそこにはない、私の悩みは、なりきれない[#「なりきれない」に傍点]――何物にもその物になりきりえないところにある。
花屋さんがもう、菜の花[#「菜の花」に傍点]を売つてゐる、八百屋には蕗の薹[#「蕗の薹」に傍点]。
街の老楽師[#「街の老楽師」に傍点]! なんとみじめな。
午後、地橙孫居を訪ねて閑談二時間。
四時、唐戸から船で大里へ、大里から荒生田まで電車、公園の入口でひよつこり星城子君にでくわす、よかつた。
入浴、身心やゝかろし、酒、飯、話。……
同道して井上さんを訪ねる、また酒だ、シヤンもゐらつしやる。
酔うて戻つて熟睡、大鼾であたりをなやましたらしい。
井上さんがトンビを供養して下さつた、私にはよすぎるほどの品である、トンビはむろんあたゝかい、井上さんの人情と共に。
[#ここから3字下げ]
トンビでもほしい夜のトンビをもらつて着てゐる
[#ここで字下げ終わり]

前へ 次へ
全47ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング