は不幸な人だつた、幼にして母を失ひ、継母にいぢめられ、やゝ長じては父に死なれて、多少の遺産を守るに苦しんだ、そしてさらに不治の病気に犯され、青春の悦楽をも味ふことが出来なかつた、彼は樹明君の幼馴染であり、その縁をたどつて、私は一昨年の夏、庵が整ふまで、一ヶ月ばかりの間、その離座敷に起臥してゐた、彼は善良な人間だつた、句作したいといつて、私の句集なども読んでくれた、私は彼の余命がいくばくもなからうことを予感してゐたが、……樹明君は情にあつい人である、Tさんの友達としては樹明君だけだつたらしい、樹明君は病床のTさんを度々おとづれて、或る時は、東京音頭を唄うて、しかも踊つて慰めたといふ、病んで寂しがるTさんと酔うて踊る樹明君との人間的感応を考へるとき、私は涙ぐましくならざるを得ない。
晩の雑炊はおいしかつた、どうも私は食べ過ぎる(飲み過ぎるのは是非もないが)、一日二食にするか、一食は必らずお粥にしよう(胃拡張[#「胃拡張」に傍点]はルンペン病の一つだ、いや貧乏人はみんな胃拡張だ、腹いつぱい食べたい、といふのが彼等の念願だから、そして彼等は満腹感を味はなければ、食べた気持になれないのである、お
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